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第94話 これは一種の……創作武器? -2-

仔タヌキ達は居た事は居たが、全員眠らされているのか、クッタリとした感じで寄り集まって瞳を閉じていた。そして声を掛けるも余り大きな声は出せず、第一彼等はドーム型の結界内で外界とは接触を絶たされている状態だった。 透明な結界の檻越しに、俺達側は思わず奥歯を噛んだ。要らない物はさっさと取り払うに限る。 「この結界の檻……。俺が解呪する間、シュトール、ポンコ……皆は……サポートを頼むな」 「……分かった」 ≪マカセロ≫ 二人の返答を聞き、俺は檻の透明に見える"壁"を手で撫でた。何もないと感じられるのに、実際は手に感触がくる。そうだな……丸フラスコのガラスの曲面を触っているイメージかな? まぁ、そうしばらく手で撫でていると、俺の口から勝手に"解呪"と思しき祝詞が低く紡がれてきた。これはアレだな、"高位の紳官職"様関係のスキルが発動したのだと。うんうん、俺の中にはまだまだ多方面のスキルが眠っているからな。今回はこういう形で役に立った。 俺が手を触れている場所から、青白い象形文字がジワジワと結界の檻の表面を侵蝕し始めた。音も無く、解きほぐれて行く呪文の文字達は檻の表面から剥がれる様に空中に舞い上がり、霧散して行く。 檻内の空気と、外気が交ざる不思議な温度を感じながら、俺は解かれていく呪文を見ていた。 「……アサヒは何でも出来るのか? "呪文解除"は仕組みを理解してから解かれるから、時間が掛かるものだと思うが……?」 「…………ま、まぁ……何でもじゃない……と思うけど、それに近いかな? はは……は……」 シュトールは横目を使って俺のそんな様子をチラチラ見ていたのか、この現象が安定して発動しているのを見計らって声を掛けてきた。 いやぁ……詳しい仕組みは全く分からないから、知っている人物から言われると参るな。それに基本、シュトールは静観して俺の行動のサポートに徹していてくれている様だ。 さて、早く解かれてくれないかな……? あー! こういうのを待っている時間って苦手だ! 何だかさぁ、"何か起きそう"とか、"何か起こっている"等の無駄かもしれない気持ちが湧き上がるんだよなぁ……。 そして、嫌な予感っての大概さ…… 「……お前ら、何者だ? そこで……何をしている……」 「……………………」 え……? ええー!? ウソだろ!? 何で横から普通に現れてんだよ! 信じらんねぇー!!!! 「………………えっと?」 「……これは不味いな……、アサヒ……」 俺はたった今、現れた背の低い男と対峙しながら、横からシュトールに小声を掛けられた。 この男が現れた、って事は"時間が来た"って事だ。俺達は、穏便に事を終わらせるタイムリミットが過ぎ去ったと理解して良いだろう。……間に合わなかった……。 俺はそっと何処まで解呪が進み、結界に穴が開いたかを確認した。 見ると、ポンコ位なら出入りが出来そうな程度の解呪が終わっている事が分かった。ちなみにポンコは仲間内の中では大きい方なので、ポンコが出入り可能な穴の大きさなら、大概は大丈夫であると思われる。 そして未だに、卵の殻をむく感覚で呪解は曲面上を四方に広がり進んでいた。 ……これは、やるしかない……。 「シュトール……俺がアイツを惹き付けている内に、あの解呪が済んだ穴から子供達を取り出すんだ。ポンコ達は助けに来たと説明を頼む」 「分かった」 ≪ウム、マカセロ≫ 「……横取りの算段中か?」 俺達の方を相変わらず見つめながら、出てきた男は言葉を発した。まぁ……男にとっては"横取り"かもしれないが、俺達にとっては"救出"なのだ。どちらも譲れないが、確かに壁の感じる理由だ。 俺達が何か話しているのを見て判断してきたんだろうけどな……。 「……消す」 そう漏らされた一つ呟きを俺は耳の端で聞いて、慌ててシュトール達から男へと視線を移した。すると、ちょうど男の幅の広い袖が"フルリ"と緩く揺れ、俺の方へ何かを放った手つきになっていた。 「……ッ!?」 ―ギィン! ギンッ! 俺はとっさに剣を振り下ろして、返しで今度は振り上げた。そして、その判断は間違っていなかったのだ。 俺の動作が為される度に、弾く金属音が二度した。少し重い振動がとっさに安定を求めて片手剣を両手持ちにした掌から、ジンワリと伝わってきた。 落としたのは二本の投げナイフだ。それは刃の輝きが、良く手入れされていると感じる代物だった。 「……俺が結界を張る! シュトールとポンコ達は子供達を……急げ!!」 俺はそれだけ言うと、二人の言葉は聞かないで強制的に俺との間に板状の簡易の結界を構築した。 ここまでの俺の行動……判断にかけた時間は大した事が無かったが、俺は変に長く感じた。 男の動向は気に成るが、シュトール達の経過も気に成る……。そして更に言えば、グリンフィート達の様子も気に成るが、彼らはここまで確認に進んでくるか分からない。出来ればここまで来ずに引き上げていて欲しい……。 俺が戦闘に身構え始めたのに対して、現れた男は相変わらずそこに立っているだけで、先程の投げナイフ以外武器らしい物も見当たらなければ焦っている様子も見られない……。……これは……武器を"隠し"持っている可能性の方が高い……。 「まずは……お前を仕留める……。シャア・スゥの成功……彼の邪魔の排除が、俺の仕事……」 目深に被っているフードの奥……暗く闇と同化した場所から、茶色い二つの眼を光らせてすでに憎々しげな声色で俺に対する処置を告げてきた。 「"棺桶"か"魔物の餌"か、好きな方を選べ……」 「……せめて、片方は"病室"にしてくれよ?」 「………………」 「……そこ、どいてくれないかな?」 「………………」 「……やっぱり、無理?」 「………………」 俺の言葉に小柄な男は突然大きく広がった袖から、何かを放ってきた。 こいつ……さっきの事も含めて多分、暗器使い……だ!! ―ひゅ……!! 今、放たれた得物は、30cm位の投剣を紐の両端の付けた物の様だ。遠、近共に少し厄介だな。それは回転運動をしながら、俺の元へ刃を煌かせて飛んできた。一体どう収納しているんだ……! 「ぅわ……ッと!?」 ―チッ! 刃先が俺の額を掠め、ブーメランの様に曲面を描き暗器使いの手へと返っていった。それを恐れる事無く"パシ"と軽い音を出して、彼はそれを難なく掴んだ。とても慣れた動作だ……って、そりゃそうか。 その顔を見やると、「避けるな」とでも言って来そうな雰囲気が感じられた。無茶だ! 避けるのが普通だろうが!!? そして俺はと言うと……右側の額から血が滲み、僅かに下方へ赤い流れを作り出していた。 額からの血で右目が霞んで見える。左目は何とか確保しておきたい……。 これによって厄介な事は何かと言えば、俺の動きの方向に合わせて、溢れ出た血が同方向に流れるのが厄介だ。 しかも、頭部の傷は浅くとも場所によっては思ったより血が溢れ易い。 だが、俺だってやられっ放しは気に食わない。頬まで伝い降りてきた血を、俺は右の甲で乱暴に拭った。 俺がそうしている間にも次の一撃が放たれ、二つの白刃が再び俺へと迫ってくる。 それを何とか両目で確認しながら、俺は軌道上に立つ。片目で目測するのは慣れていない……無理だし、両目じゃないと距離感が掴めないからな。それこそ大惨事になる可能性が鰻上りだ。 俺は向ってくる投剣のタイミングを見計らい、収める"剣"が無くなった"鞘"を使って放たれた投剣の紐を何とか掬い絡め取った。ハッキリ言って、少々賭けた。 「……ッく!」 なんとか受け止めたが、すぐさまくるくると紐が鞘に巻きつき、回転の力が加わるのを俺は何とか凌いで、二本の投剣を手に入れた。鞘に絡まりプラリと紐の先で揺れている二本の剣は中々使い方によっては凶悪そうだ。 そしてこの二本の投剣だけが、彼の武器な訳では無いと推測される。どうせその袖の中等に何かを隠している事だろう。現に、俺にこうして武器を奪われても大して雰囲気を変えないで立っている。 それから手元の鞘を軽く横薙ぎに動かすと、二剣がその動きの力を受けて刀身を横に薙ぐ形で動く事が分かった。これはフレイルの応用と考えれば、十分使える武器ではないだろうか? ただし、殺傷能力を生むには、剣の揺れる動きを恐れずにスピードに乗せる必要がある。 さて、イメージが固まれば、後は身体が勝手にスキルの中から最良の動きを選び出してくれる。俺の身体はそう出来ているんだから、しょうがない。 俺は元の片手剣を鞘に収め、とりあえず即席の鞘の剣……フレイルもどきで闘う事にした。 「そんな形で俺から武器を奪うとは……」 「ははッ……まーな? 即席だけど、なかなか良い感じに機能してるだろ、っと!」 俺はそう言いながら相手に、即席のフレイルをスピードに乗せて薙ぐ形をした。 暗器使いは俺の薙ぐ動きに対して、後方に下がる動きを合せてきた。しかし、ここで巻き付いていた紐が"クルリ"と一巻き分解け、刃の到達距離が伸びたのである。 「……!?」 目測から僅かに図らずも紐が解け伸びた事により、刀身が暗器使いのところまで届いた事に彼は一瞬動揺を見せ、反応が遅れたのである。 そして結果的に俺の一薙ぎがそいつの左太腿を掠め、横一文字に血があふれ出した。触れるだけで切り口を作り出すとは、やはりよく磨がれていた様だ。 片目で確認するしかないから、いまいち分からないが思ったより深いのか? 相手の男は一瞬、体勢を崩して前方にたたらを踏んだ。 「……俺の脚に、血、が……?」 言葉の意味の先では服が横一文字に切れ、見える太股から血が膨れ上がり縦線を書き始めた。 血は奴の白めな肌地と服を赤く濡らし広がって、その存在を増させている。 「…………………………………………」 な、何だ? 何も喋らなくなった上に、傷を凝視して動かなくなったぞ……? 「……俺のもう一つの商売道具に傷を付けやがって…………面倒臭いだろうが……」 ……は? 何か言った様だが、俺はそれが上手く聞き取れなかった……。だって小声過ぎる! 呟きみたいなものだったんだ。 でも、その次の言葉は俺に届く声量をしていた。 「…………そのふざけた武器を分解して…………返してもらおうか……!」 ―その言葉は黒い怒気を孕んでいると、俺は初めてコイツの感情に触れた気がした。

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