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第95話 煙使いと傀儡の徒 -1-
―『逆鱗に触れる』、とはこういう事を指しているのか。
俺はどうやら暗器使いの"逆鱗"に触れてしまった様だ。
これは……なるべく後方の結界の防御壁には近づかないように立ち回らないといけない。俺に意識が集中している今、逆にチャンスなんじゃないかな……!?
「どれにしてやろうか……」
「?」
そんな事を言いながら、幅広の袖の中で暗器使いは俺に対しての最適の得物を選んでいる様だ。こえぇえええー! 何これ!? 見えない恐怖、っての!?
ゆらゆら揺れる袖が変に俺にアピールしきている様に感じる……。
「………………」
ただ見ているだけじゃなくて、攻撃とか仕掛けた方が良いかもしれないが……俺はどうにもこの場から動けずに居た。
前は暗器使いで後ろはシュトール達……どちらの方向に動くにしても、何だか難しい……。どちらが良いか、正解か……不正解か無駄に考え込んでいる気がしなくもない。
額からの血は治まってきたが、そこから発せられる違和感に俺は少し眉を動かした。……カピカピしてそうだな……。
……何だか案外、関係無い事に考えが及んでいる……けど、俺は別にこの状況から意識を手放したわけじゃない。
第一、目の前の暗器使いは袖の中を探るのを止めた様だ。
決まったのか。
再びゆるりと袖を一振りして、暗器使いはその場を蹴って俺へと加速してきた。
得物が分からない……!
そう、袖口から、彼が何を武器として選んだのか、全く分からないのだ。つまり、見えていない。
俺はもう、ここは一旦攻撃を受け止めるしか無いのかとその場でフレイルもどきをとりあえず身構えた。後手に回るがここは凌ぐ方向かと、しようがない。
暗器使いは俺の判断に少し口の端を上げて、近接の間合いに入った途端に袖口から得物を晒し、下から上へと直線を描いてきた。
―……ギィン!!
やや鋭い金属音が響き、俺は手元が軽くなったのを感じた。そして前方に現れた彼の武器は……
……四本の鋭い鉤爪がついた……手甲だと!?
男の低い位置からの突き上げるような手甲の爪の流れで、俺のフレイルもどきは弾かれ、上空に飛ばされたのだ。
衝撃に擦れた痛みと痺れが起こったが、そんなのに長く構っている訳にはいかない。
俺はすぐさま暗器使いから距離をとる為にバックステップをし、あのフレイルを扱っていた手とは違う手を使い、本来の剣を引き抜いた。
それはただ引き抜いただけなので、ちゃんと剣先を上には向けれない。だから、俺はとりあえず剣を大きく振り下ろす形で攻撃をした。
俺の剣筋から逃れ動く暗器使いは悠々とそれを除け、体勢を同時に整えていた。俺はそれを確認しつつ、振り下ろした剣先が地面に僅かに突き刺さって垂直に成るのを利用して、"立った"剣の柄を今度は本来の剣の構えが出来る形に持ち替えて素早く地面から離した。
そしてそのまま、横薙ぎの一線を描く。
「……ッく!」
「…………!」
暗器使いは俺のこの一連の動作に反応して後方に下がって、俺の薙ぎを避けた。さすが、反応が良い。俺は荒い扱いを承知で、とにかく刃を向けたのだ。……もしかしたら、この攻撃で"刃"が欠けてしまったかもしれない……。確認する余裕が無いからそれは分からないが、良い攻撃とは言えない運びだ。
俺達が地上で対峙している時、弾かれたフレイルは回転しながら上空を舞っており、それにより緩んだ紐か全てを単体に分解してしまっていた。
当然だが、分解されたものは散らばりを見せながら地上に降って来た。
―……ガシャン! ガシャ! ガコンッ!!
「……っと……危ないなぁ……空から武器……だなんて……」
派手な落下音と同時に、新たな男の登場を告げる声が……。ま、マジか……。
自分の目の前に落ちてきたフレイルもどきの残骸を二、三度確認する様に視線を上下させてから、現れた男は"武器"と口にした。一応、そう認識したんだな……。
そしてその武器をやや気にした視線をそれに固定させながら、男はその脇を通り暗器使いに話掛け始めた。
「なかなか戻って来ないと来て見れば……何て事だ……」
「シャア・スゥ!」
……っ! 少し予想はしていたが、二人組みが揃ってしまった。現れた男も目深にフードを被っている為、表情は顔の下半分しか主に確認出来ないが、怒りと驚きが同居している雰囲気だ。そして彼……"シャア・スゥ"と呼ばれたみたいだな? そのシャア・スゥは俺の方ではなく、俺と戦闘状態の男に話しかけ始めた。
「……お前をもってしても手こずる相手か……その水色髪の男は?」
「………………」
「声を発しないのは、肯定ととるからな」
「………………」
現れた男の静かな問い掛けに、暗器使いは一切返答せずただ見返している。
「……そうか。……なら、"面白い"、"素材"の様だな 。俺も手伝ってやろう」
「シャア・スゥふざけて……」
「ふざけていない。何、一種のスカウトだ。お前は制約付きで、いつでも俺の召集に答えらる訳ではないだろ? その、埋め合わせだ」
「………………」
「……君は気に入ってくれるかな?」
「……?」
そう言い放つと現れた背の高い男……"シャア・スゥ"は、腰に付けている幅広のベルトから"小瓶"を抜き出して、それの蓋をずらした。すると、フワリフワリとずらされた蓋から煙が外に溢れ出して来た。
それにしても、俺に対して"スカウト"とか言っていたけど……?
この漂ってきた"煙"も何なのだ。それは思っていたより足が速く、俺の鼻腔に触れてきた。感想としては、どこか薬草めいており、頭のどこかがジンワリ痺れてくる……
この煙は危険だ!
「……!」
俺は煙を足で霧散させてその場から離れようとしたのだが、足元が動かないのだ。ついでに手……腕もだるくなってきた。
あー、これは不味い。不味いから、密かにスライムとしての能力を発揮させる事にした。つまりさ、体液による解毒って言うか……。
それに余り後退も出来ない。それは後方では、救出が行われているからだ。二人の意識は今のところ俺だけに向けられているけど、いつ、後ろの方へと移動していくか分からないのが怖いし、焦るな。
後方に流れるかと思いきや、その煙は俺の周りを輪で囲っていた様で、動かずに緩く上下運動を繰り返していた。
「さ、とりあえず俺と一緒に来てもらおうか」
「……………………」
「どうした? ……ああ、"煙"が効き過ぎたのか?」
「……………………」
―……"煙"は確かに一瞬は効いた。だが、俺のスライムとデータスキル内の能力の方が、こいつにとって残念ながら上まっていたんだ。つまりさ、俺にはもう効いてないんだ。解毒完了~してるワケ。
だから今、俺は少しぐったりとして"振り"をして様子を伺っている最中だ。
俺のそんな姿に、少し優越感が伺えるシャア・スゥに対し、不満気に後ろに控えている暗器使いは警戒を解いて無い。ま、この状況では後ろの奴が正しいかな。シャア・スゥは余程自分の"技"に自信が有る様だ。
そして俺に、警戒心も薄く伸びてきた黒い手袋をしたシャア・スゥの手に……
素早く噛み付いてやった。
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