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第97話 玄夜の宴 -1-
≪ミナガソロッタ……イワイノセキヲモウケヨウ。"ヤシキ"ニモドルゾ≫
シュトールの"扉"を通り、無事逃げ延びた先で地面に降り立った俺達はポンコの新たな提案に従い、彼の指す"ヤシキ"へ向かった。
"ヤシキ"……ようするに"屋敷"だ。
いつの間にか立ち込めていた霧の中、俺達はゾロゾロと歩き、目的の屋敷前に到着した。
屋敷を目にした途端、仔タヌキ達は緩く走り出した。多分、まだ術が抜け切っていないのかと思う……。
そして彼らの足跡に視線を這わせると、その先では幾体かのタヌキ達が木で出来た門からこちらを見ていた。
駆けて行った子供達は、それぞれの親タヌキとの再会を飛びついて喜んでいる。うんうん、良かったなぁ……一人も欠けてないもんな。
俺とシュトールが少しポワポワした雰囲気でその光景を眺めていると、横からポンコが俺の手を引いてきた。何かな?
≪スコシ、マッテイテクレ≫
そんなポンコの台詞に俺とシュトールは門の前に立ち、屋敷内に招かれる瞬間を待っていた。
どの位か……数分かした後、ポンコでは無く小柄なタヌキが俺達をついに屋敷内へと案内してくれた。
木の門を潜る時、僅かに首筋にヒヤリとしたものを感じたが、それは門の内側と外側の気温が違うからかと俺は頭の片隅に考えた。
門を潜り、内側に入ると右端に人影を感じ、俺は自然にそちらを向いた。
するとそこには、俺と同じ位の年齢で着流し姿に白いタヌキ耳と白黒の縞々尻尾が備わった青年が立っていた……。
そして彼は少し悪戯気に笑みを作ると、俺達に話し掛けて来た。
「さぁ、今夜はこの我等の屋敷で持て成すぞ、アサヒ、シュトール……! ゆっくりしてくれ」
「この声……。ポンコ、お前……"人型"に……!?」
「……そうだ。あの四方にある結界門の囲われた中でなら、俺"だけ"出来るんだ。今はこの屋敷が囲われた中心だ」
やや自慢気に俺とシュトールに説明しながら、ポンコは一つの鳥居の様な大きな門を指差した。ちなみに屋敷に入ってきた木の門とは別物だ。
どういう構造に成っているのか全く分からないが、どうやらあの門に囲まれたこの空間は普段俺が過ごしているあの世界から少しずれている……まぁ、別空間って括りで構わない気がしてきた。
何と言うのかな? かーちゃん達が作った大きな世界の中にある、小さな違う空間とでも言うのか……。バックの中のポーチと言うか……ポーチは中身がバックとは違うけど、バックに囲まれている……とか、そんなイメージか?
「もう、シュトールにも俺の言葉が理解出来るだろう?」
「あ、ああ……」
ポンコの問い掛けにシュトールは少し同様気味に答えている。
「それはな、こうして"人型"に変化出来たからだ。
この姿では、本来の"力"の10分の1以下になってしまうんだ……。ここでの俺は、もしかしたら"人"より弱いかもしれない……。
だが、この姿をとれる事が、頭目の証でもあるんだ。あの姿では出来ない事……まず"人語"が話せるのが大きいな。ま、能力変化は他にもあるが……」
ここまでを一気に喋り終え、ポンコは軽く「ま、それは今はどうでも良いか」と話を締めくくってしまった。
そうしてから彼は俺達を呼びに来たタヌキに変わり、俺達を更に屋敷の奥へと案内してくれた。
「お、おおー!」
「……これは……」
通された部屋では既に宴会の様な席が設けられていた。
そして眼前に広がる、豪華な料理! 会席料理だな!!
「和食だ! へぇー、家屋様式から何となく感じてたけど、へぇー!」
「"わしょく"?」
「……あ、まぁ、確かそんな料理名の括り……だったと」
「……? なるほど?」
うぉー。シュトールは俺の"記憶喪失"設定を知らないにしても、あまり口にしない方が良さそうだ。ま、食べ物に関しては以前ハウルとお好み焼きとか食べているし、この世界事態の"何でも有り"的な多様性から考えると、この目の前の和食等も別に気にしなくて良いのかもしれないがな……。一応、な。
「さ、二人とも……約束の報酬だ。ありがとう」
そう言いながらポンコは控えていたタヌキ達に約束の袋を持ってこさせ、俺達の前に並べた。
目の前には、豪華な料理と報酬の金銀財方がパンパンに詰まっている袋が、一人に三袋置かれている。
これは……夢ではないのか? または、騙されているとかと、邪推しそうだが今のこれが俺の現実だからウハウハしちまうね。
とりあえず俺達が袋を受け取った後、直ぐに今度は風呂場へ連れて行かれ汚れを落とす様に進められた。まぁ、断る理由なんて無いし俺とシュトールは素直に風呂をもらった。
そして風呂から上がると再びあの会席料理が置かれていた部屋に連れて行かれたんだ。するとそこには俺から奪った荷物を持ったポンコが立っていたんだ。
「アサヒ、約束の物を返そう。……急な事とはいえ、すまなかったな。中身はそのままだから安心してくれ」
「ああ……まぁ、うん。上手くいって良かったよ」
返してもらえれば良いのだ……。これでギルドから受けた依頼もちゃんとこなせる。
そして俺が荷物を受け取り、ポンコに言葉を返した直後に「さ、今度は"宴会"だ。もてなすぞ、お客人方!」と笑顔でポンコが言い放つと、ワラワラと着飾ったタヌキ達が現れて俺とシュトールを席へと連れて行ってくれた。
「さ、男手だが酌をするよ、アサヒ」
「あー……あ……俺、酒は駄目なんだ……控えてるんだ。悪いな、ポンコ……」
酒はどうも……ルツとの事を思い出しちまう。ああいう行動をしてしまう……なら、ここは飲まない方が良いだろう。うん。
「……そうか……シュトールは酒は……」
「俺は年齢的に……ちょっと……」
「そうか……なら仕方ないな……。酒じゃないのを用意させよう」
そう言うとポンコはすぐさまそう整えてくれて、宴が始まったんだ。
これがまー……踊りと音楽が好きな種族なのか、食事中あらゆる音楽が奏でられ、幾種もの踊りが目の前で繰り広げられていくわけだ。もちろん、出される料理もかなり美味い。
横のシュトールも相変わらず寄って来たタヌキを撫でて、それに満足している様だ。うん、もう分かった。シュトールは多分、かなりの動物好きなんだな。
そして今、目の前では踊りながら氷の彫刻芸術を披露してくれるタヌキの演舞中だ。あと何人の芸が待っているか知らないが、俺は飽きそうも無い。
―……そんな感じで時間は過ぎていったんだ……―
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