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第103話 別れの小宴 -2-
「……アサヒの魔力は複雑だな。変化が細かい……身体の中で爆ぜる様だ」
「そうか? そんな感覚が起きてるのか……」
ビャクリはお腹を撫でながら俺にそんな事を告げてきた。何でも、今は魔力吸収中なのだそうだ。
そして俺はそんなビャクリの髪を再び解いた紐で結わえ直してやっている。ビャクリのサラサラとした軽い髪質を指先で楽しむ。
適当に束を作って紐で結わえ整えて、少し結わえ毛先で遊んでから俺はビャクリに「結わえ終わった」と告げた。
「ありがとう、アサヒ……。……人形使いの砦までの道は大丈夫かな?」
「おお、大丈夫! 地図も書いたし、さ」
「そうか……なら良かった。……ああ、気を利かせて今、持ってきたようだな」
「?」
そう言いながらビャクリは障子の方へと視線を向けた。俺は彼の視線を追って障子に向けた事で、その答えが分かった。
障子に小さなタヌキの影があったのだ。足元に何かを置いて、トントンと障子の桟を軽く叩いて自身の存在を知らせていた。
ビャクリは「ふむ、入って良いよ」と小さな影に答え、その事により"ス"と障子は動き出し、影の通りの小さな子タヌキがそこに居た。
子タヌキの足元にあったのは二つの湯呑みで、小さなお盆に乗せられていた。そして盆を持ち、こちらへやってくると俺達の前に湯呑みを一つづつ置いて、ペコリと頭を下げた。
「………………」
「ああ、ありがとう。今、とは気が利くね」
「……そのタヌキは?」
「ああ、この子はね、俺の後継者候補の子。ま、まだまだ俺が現役だけどね」
……なるほど? 確かに他のタヌキより白っぽい……。ま、ビャクリみたいに"真っ白"じゃないし、背丈からまだまだ子供の様だ。
「さ、アサヒ、これでも飲んで少し落ち着いてから行こうか。シュトールは別な部屋に居てもらってるよ」
「ん。ありがとな」
ビャクリに礼を言って手を伸ばした湯呑みには麹の甘酒が入っていた。まだ粒の粗く残っている雰囲気とドロリとした濃厚なその甘酒はとても美味かった。まぁ、"酒"と名に付けども、これはその要素が無いものだ。
ちびちびと貰った甘酒を飲み終え、湯呑みを置くとビャクリがふわと唇を寄せてきた。
「甘い……」
「ふっ……おかしいな……。最後にと……アサヒとこうして唇をもう一度合わせるだけの予定だったのだが……。…………狂ってしまった」
「…………………………」
「今のが本当に最後だ」
そう言うと、俺から離れて立ち上がると、ビャクリ……いや、ポンコは着物の袷を少々正しながら俺を見た。
何も言わないで見上げている俺に眉尻を僅かに下げながら、ポンコは口を開いたんだ。
そして、その口から発せられた言葉は……
「……では、シュトールの元に行こうか」
……俺に異論は無い。
ビャクリの言葉に小さく一度頷くと、俺は立ち上がった。
「―……案外時間が掛かったな? そんなに複雑そうなのか?」
「ああ、説明を……地図を描いてたから!」
シュトールの言葉に俺は確かに描いていた地図を、彼の眼前に広げた。
俺の行動に瞳をぱちくりと一瞬させたが、シュトールは直ぐにそれを解き頷いてきた。
「そうか。丁寧な仕事だな。丁寧なのは大事だ」
「ん? ああ、ああ……あはははは……」
妙な汗が出掛かるのをスライムの液体操作機能で帳消しにし、俺とシュトールはポンコの案内で人形使いの砦近くまであの門を引き伸ばしてもらい、連れて行ってもらった。
連続した鳥居状の門を潜りながら進み、最後の鳥居の前で先頭を歩いていたポンコがこちらを向いた。
最後の鳥居の先には"木の門"が存在していて、その先の景色は今の俺達の周りとは違ったものだった。
「……こうして変な"欠"も無く、この土地を離れられるのは二人のお陰だ。本当にありがとう。…………短いが実際、名残惜しい……」
「………………」
「さて、そうであっても、いつまでもこうしては居られないな」
「ポンコ……」
「……アサヒが付けてくれたその名前、俺はなかなか気に入っている。……出来れば……いつか、また呼んで欲しい」
「分かった。どこかで出会えるのを楽しみにしている……またな」
「ああ、嬉しいな。では、次の機会までさらばだ、アサヒ、シュトール……!」
そう俺達に言葉を掛けると、ポンコは簡易的な門の中から手を振ってきた。
左右からゆっくりと門が閉じられ段々とぼやけて行き、ポンコ……ビャクリ達の屋敷の空間はここから一旦切り離された様だ。
今、俺達の目の前にはあの木の門ではなく、やや開けた草の空間が広がっていた。
「………………」
「……じゃ、行くか」
無言で空間を見つめていたシュトールに一言声を掛けてから、俺は教えられた道に出るべく行動を開始した。
「―ここ、だよな?」
「そうだな。間違い無いな」
ポンコと別れて歩き出して、俺達はあの地図通りに進み、今は"人形使いの砦"の門の前に到着していた。
……ただ、ちょーっと変わってる、ってうか、どういう事、みたいな!?
「何で門の脇に体育座りしている男が居るんだ……? しかも、ドアノッカーらしき物が無いけど、扉をガンガン叩いても良いのかな?」
「さ、さぁ……?」
怪しい。明らかに怪しい……意味が分からない……。しかも、ドアノッカーはどこだ……。
俺がチラチラとそんな男を見ながらゆっくりと門に近づくと、急に男が立ち上がりこちらを向いてきた。
「……………………」
「ひ!?」
「あ、アサヒ……この男、何か書いたプレートを持っている……!」
俺の後方に控えていたシュトールの言葉に、ドキリとした心臓を落ち着けて"プレート"に意識をもっていく。
……ってか、俺、マジで一瞬跳び上がった! 本気で驚いた……!!
おっと、それよりプレートには何が書かれているんだ……?
「え? ……あ? ……えーと? "この『人形の砦』に御用の方は、この男(自動人形です)に内容を伝えて、暫しお待ち下さい"……?」
「………………」
「……アサヒ、多分、待たれてるぞ」
「ん? あ、そうだな……えっと……人形を求めに来たんだけど……あと、ユーゲンティナーさんにお届けモノを……以上だ」
「………………」
俺の言葉にコクリと頷くと、自動人形の男は無言で砦内へと向かって行ってしまった……。
「……今ので通じているのか?」
「さぁ? でも、あの人形……自動? 自動人形?」
俺達がボソボソと話し合っていると、すぐさま男の声が降って来た。
「やー! いらっしゃ~い!」
「……!?」
軽快な歓迎の声のした方を見上げてみれば……ゴツイ目な薄い鈍い金の短髪大男が片手に剣を持ってバルコニーに立ち、こちらに友好的な笑顔を振りまきながら手を大きく振っていたんだ。
……けど、全身美筋肉ピチピチ黒タイツ……? ……えぇえ? えええええええええッ……?
「………………………………」
…………おーおー、シュトールはその光景に地味に真顔で固まっている……。息してるよな? なッ!?
あー、でもさ、この流れからいくと、登場してきた人物の答えは容易に予想がつくよな?
「―……ユーゲンティナー……さん?」
俺は恐る恐る……手を振る満面の笑みの男に質問してみた。震えた小声で聞き取り辛いだろうに、彼は笑顔を崩さず、
「そーだよ! 僕がユーゲンティナーだ!!!」
晴れやかに言い切ったのである。
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