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第112話 「お帰り」 -1-

「―……いやぁ……帰って来たなぁ……」 数日離れただけなのに、王都の雑踏が妙に懐かしい……。 スライムだった頃は独りで静かな生活だったのにな……。 俺のそんな呟きにも似た言葉に、シュトールは静かに「そうだな」と相槌を打ってくれた。 「……シュトール、そんなに疲れてないならあの魔方陣符のリリサ先生の所に行くか?」 「! ……行く! 俺は大丈夫だ」 俺の提案にシュトールは"ぱっ"と顔を俺へと向けてきた。 見上げてくる瞳が輝いている様に見える……。 「んじゃ、シュトール……リリサ先生の所に連れて行ってやるよ」 「本当か!? 頼む!」 おお? すげぇ反応が良いな……そんなに楽しみなのか? シュトールって普段は無口で冷静そうだけど、多分好きな事や気に成る事には逆に"全開"な性格しているんだろうなー。 頭にしがみ付いた肩車状態でいるタヌハチが、シュトールの顔をフンフンと鼻を引くつかせながら覗いてる。 シュトールはそんなタヌハチをそのままに笑顔でいる。 そして期待で胸を躍らせているシュトールを先生の元へと連れて行けば、幸運な事に先生は魔方陣やら計算式から離れ、お茶を飲んで休憩中の様だった。 中に入り、シュトールと先生に、先生にシュトールを紹介すれば、二人の間に目に見えないが何か繋がる物が有ったらしく、同時に頷きを見せた……。 何だろう? 二人から同種の匂いがしてくる……。 ま、まぁ? 仲良くやってくれるよな? うんうん。 「……じゃ、俺はギルドに用事があるから……それと先に宿に戻ってるな?」 「分かった。ありがとうな、アサヒ。俺は適当に帰るよ」 「そうか気を付けて帰れよアサヒ」 「分かった。二人ともありがとな。んじゃーまた!」 俺は軽く二人に挨拶をして、自分の用事をこなすべくリリサ先生の家を後にした。 そして今度はそのままの足でギルドへ向かい、報告を済ませる。 報告をしに二階へ上がり、依頼終了の手続きを終えて俺は報酬を片手に階下に降りた。 軽く「報酬報酬っと……」と呟いていたら、一階の受付カウンターから見知った声が飛んできた。 「アサヒ、結構かかったな?」 「ロイさん! まぁー……色々あったんだよー」 声を掛けてくれたロイさんに近づき、俺は今回の出来事をザッと話した。 そしてたまに突っ込みや笑いを交えて会話を楽しみ、俺はロイさんに別れを告げて外に出た。 そう、目の前だが、宿に帰るのだ。 そして宿に戻った俺は……信じられない人物に出迎えられたのである……! 「あら、アサヒ……お帰りなさい!」 「何で……メルリーナが……ここに!?」 「……私、お兄様が"人"に迷惑をかけた罪滅ぼしに、ここで働かせてもらう事にしたの!」 宿のエプロンを着け、ここのスタッフになった事を答えてくるメルリーナはどこか楽しげだ。 俺はそんな彼女に対して、衝撃で開いた口が塞がらなかった。 「………………」 「……色々あったけど、……宜しく、アサヒ。私の事は今後"メル"で良いわ。 あ、あとアビはここに……私と居てくれるって!」 そして俺にペンダントのチャームを見せてきた。 ある意味見慣れた黒い石は、アビのそれと分かる物だった。 綺麗に磨かれ、その表面に周りを映し込んでいる。多分、メルリーナ……メルが手入れを確りしているんだろうけど。 そして石の曲面に沿って歪んだ俺の瞳が更に歪んでしまいそうなのを、少し耐えさせる為に瞳を閉じてそのチャームから顔を離した。 メル……とアビはあれから一緒に行動している……のか。 俺は思わずメルから視線を外して、緩く辺りに視線を彷徨わせた。 視界に入ってくる情報が何となく認識外で処理されていない様に感じ、俺は自分が緊張してるんだと分かった。 「……メル、アビ……は? その宝石に?」 「アビ? 彼は普段から自由にさせているの。だから私にもちょっと行動が分からないのよね……」 「そうか……」 「でもね、この宿で働くのを薦めてくれたのはアビなの。ここの奥様……ライラさんが身重じゃない? 私の能力が活かせると思ったのよね!」 ……ああ、確かメルは怪力の持ち主……。この赤毛の美少女様は、実はトロール族だからな。怪力美少女なのだ。 怪力、なのだ。 そして俺は以前ぶん殴られた事を思い出し、ほぼ無意識に殴られた方の頬をそっと撫でていた……。 「そっか……、これからヨロシクな、メル……」 「ええ、宜しく、アサヒ!」 ―……そしてそんなメルと別れて、俺は自室に借りている宿の部屋へ急いだ。 だって、今、そこにはさ…… 「……zzz……zZz……」 オッチャンはどうやらスリープモードの様だ……。もう少しそのままにして、後で起こして遊ぼう。 送った貴金属宝石満載の袋の上で、プカプカと平和に寝てる……。なごむなぁ……。 そんな感じで"ボーッ"とオッチャンを見ていた俺は、足元の変化に気が付かなかった。 それはやや冷気を含んでいて……声を発してきたのである……! 「……アーサーヒ~ィ!」 「!?」 纏わり付くこの黒い靄と声は……! 「あ、ぁ、あび!!」 「あははッ! 驚いた?」 そんな声と同時に、俺の前に靄から人型へと姿を変えたアビが腹を抱えて笑っていた。 「……言ったろ、"また遊びに行く"って!」 そう言ってアビは俺を更にからかう様な笑みで見てきた。 そんな彼に、俺は涙声で短く小さな言葉で、「……ああ」しか言えなかったんだ……。 そして俺は……その場でアビを抱きしめた。 冷たい身体のアビを俺の内側に閉じ込める様に背中に腕を回し、締め付ける 「……良かった……。やっぱこうして姿を確認出来ると安心する」 「アサヒ……」 そう言葉を掛けてから、俺は暫くアビをそのまま抱き続けた。 そして、俺はずっと言いたかった言葉をアビに贈った。 「…………お帰り、アビ。ありがとな」 「うん……ただいま、で良いのかな?」 俺の言葉に一瞬驚いた表情をしてから、アビは少し茶化す様に答えて来た。

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