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第122話 ウロボロスの血族 -1-
―……エメルから魔法符経由で仕事の連絡が来た。
今、俺の目の前にエメルから連絡が来ているという合図の"オレンジ四角アイコン"が浮かんでいる。
そしてそのアイコンの隣りでオッちゃんがプカプカと浮きながら、不思議そうに眺めている。
物が浮いている……自分以外が浮いている状態が珍しいんだろうな。多分。
そう、そして俺はこの瞬間を待っていた!
「……おおー……指名だよ、指名!」
俺はいそいそとエメルから来た文章を読み始めた。
やべぇ。わくわくし過ぎて目が泳いじまう……。文章として捉えられない……。
「俺、興奮し過ぎ……」
今度は俺の言葉に反応したオッちゃんが、俺の頬の辺りに寄って来て無言で見てきた。
そして俺の視線の位置で浮き始めたオッちゃんと一緒に、俺はエメルからの連絡の魔法符を読み始めたんだ。
「やー! アサヒくん、こっちこっち!」
明るいエメルの声に呼ばれ、俺は声のした方へ身体を向けた。
今、俺はとある店に来ている。理由は、ここが指定された待ち合わせの場所だからだ。
エメルの明るい呼び声に、俺も同じ声色で返そうとしたんだけどさ、それは「エメル……」と振り返り様の名前で止まってしまった。
そして俺は言葉をそこで仕舞い、エメルが居る卓に近づき、とりあえずエメルに挨拶をした。エメルは「来てくれてありがとう。空いてる席に適当に座って」、と俺を座るように催して来た。
そうだな。空いてる席は全体で6席中、3席。エメル側に、彼を含んで2人、対面に1人が埋まっている。
俺はエメルを正面に捉える形で座り、隣りの人物に早速声を掛けた。
「よ、シュトール」
「ん、アサヒ、宜しくな」
何気ない挨拶を交わしたけど、俺の視線の先には、今、シュトールが……? シュトール? シュトールも一緒に行くのか???
「おう、宜しくな。……シュトールも行くんだ? お供の奴を王都で待たなくて良いのかよ?」
「大丈夫だ。離れた位置から軽く計算して、まだ大分かかると思う」
「そうか……」
って、最初はどの位置に居たんだよ、シュトール!
まー……あの扉はポイントが確りしてれば、一気に距離を縮められる便利な魔法……ではある気がするけどさ。
現在の扉ポイント地点と過去……古代の扉ポイントの修正が上手く出来てれば、ズレから生じる地形の変化にかなり対応出来そうだけど、しないのか?
俺が席に座ってシュトールと話してると、後ろの空気が揺れた。誰か来たのかな?
そして、確認の為に振り向いた俺の視線の先に立ちすくんでいたのは……
「あ、グリンフィート……」
「………………」
俺の後から現れたグリンフィートは、シュトールの姿を見て大きく目を見開いて驚いた表情をしてきた。
しかし、直ぐに今度は彼には珍しく見るからに不機嫌そうに口を真一文字にして、軽く「来たよ」と口にするとシュトールとは反対側の俺の隣りに座った。
……あれ?俺ってば、何かヤバイ二人にナチュラルに挟まれてない?
つまりさー、『現勇者・俺・魔王の御曹司』こういう事だ。
しかもグリンフィートはシュトールの事が魔王の御曹司って知ったのか気が付いたのか……何なのか。
俺がそんな事を考え始めてると、グリンフィートが急にいつのもの調子で話し掛けてきた。
「……アサヒ、前に俺、言ったよな? "後で教えてもらう"ってさ?」
「……あ、ああ。言った……。あのゴブリンの時の、だよな?」
「そうそう、その時の。それさ、今、アサヒの左隣の人物を俺に説明……紹介してくれる?」
「……お、おう。分かった」
そこで俺はグリンフィートにシュトールを紹介し、またシュトールにグリンフィートを紹介した。簡単に名前だけを言った俺の紹介に、名前が分かった二人は改めて言葉を交わし始めた。
「……そう。俺は"グリンフィート"。一応、職業"勇者"。宜しくな!」
「……紹介されたけど、俺は"シュトール"。魔界の第一王子として見聞を広める旅をしている途中だが、今は訳あってしばらくこの王都で暮らしている……。…………宜しく。肩車してるのは人形のタヌハチだ」
まぁ、シュトールは半分迷子なんだけどなぁ……。お供の方は今はどこら辺にいるのだろうか……?
少し警戒気味のシュトールに、一見にこやか友好的な姿に変わったグリンフィート。
この世界はすでに勇者と魔王は対立していないから、お互い普通だ。ただ、世代で優劣は付けるらしく、それがこの世界の気候やらに多少の変化をもたらしている様だけど、俺も詳しくは分からない。
ただ、今はシュトールの父ちゃんの力がこの世界の属性強化に繋がっているから、"闇"属性や月の加護が強化された世代だんだな。
ここで現・勇者の称号を得ているグリンフィートとシュトールと父ちゃんが闘って、グリンフィートが勝つと、今度は"光"属性と太陽の加護が強い世界に塗り替えられる訳なんだ。あっちこっちと案外面倒だな? ……ふむ。
それにしても、こうして二人を見てると"ウロボロス"を思い出すなぁ……。
ウロボロスってのはさ、二匹の竜が輪になってお互いを食んでいる状態の事を指してるんだ。まぁ、一匹のパターンもあるけどな。ここは二匹で。
そしてこれの本来の意味は、「死と再生」とか「不老不死」とか……そんな感じなんだけど、俺はその捉え方じゃない見方をして二人を指してるんだ。
俺は、" 片方だけじゃ成り立たない世界観"がさ、この"ウロボロス"に重なったんだ。
『魔王と勇者』、『死と再生』……みたいなさ?
まぁ、そんな二人が俺を挟んで同じ卓にいる……。感慨深いぜ……。何となく。両手になんとやら?なんちて。
それにしてもタヌハチ……動くなぁ!
何と俺の背中を経由してグリンフィートの事を嗅ぎに行ってる……。嗅ぐ、とかって本物の動物か!いや、魔物? いやいや、人形か、タヌハチは。
何だろうな? "記憶"でもしてるのか、主人に対しての確認なのか……。それにしてもちょっと引っ張られる服とか、くすぐったい……。
俺がこんな事を考えている間に、エメルが軽く呼び出した内容を話し始めた。おお、そうだ。本題はこっちだ。
そしてタヌハチは空気を読んだのかシュトールの所に俺を経由して戻っていった。
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