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第125話 双蛇の巣 -1-

俺は有る意味知っている道を、エメルの案内で歩いている。 そう、この道は『王都の金持ちの区画』の道……。 以前、俺が何気なく足を踏み入れて、俺を買おうと話しかけて来たおっさんからレンネルが助けてくれた場所だ。 あの日は天候が悪くて薄暗く、雨が降っていたからあまり周りの記憶は無いが、こうして改めて見ると確かにそれとなく豪華な家々が建っている。 俺は一瞬、あのおっさんの事を思い出したが、直ぐに切り替えるように努めた。 何か……引っ掛かってくる物があったが、それもまとめて蓋をしておこう。 記憶の情報の点と点を線で繋いで、現れる図形を現れなくする為に俺は強制的に色々と思い出す事を止めた。 しかし、抗えない運命……的な流れは…………存在するのかもしれない。イジメだろ、これ。 エメル、ディル、そして俺を直接迎えてくれたのは…… 「こんにちは、皆さん」 「!」 このおっさんはあの雨の日に出会った、双頭の蛇の紋章がある指輪の……! 当然ながら、俺の驚きを他所にエメルは出迎えてくれた人物を俺に紹介してくれた。 「アサヒくんは初めてだよね? 彼は"シャア・アル"。今回の僕の探索側の依頼主だよ」 「……! ……そこの水色の髪の君は……?」 げぇ……このおっさん、あの雨の日の出会いをもしかして覚えているのか……? 俺の動揺を他所に、依頼主の"シャア・アル"は俺の顔を見るなりスルスルと言い寄ってきた。 俺は真顔で近づいて来た彼に、身を引きながらとりあえず愛想笑いを浮かべ……るしか出来なかった。色々……誤魔化せないだろうか……。 「…………あはは?」 「ぅむ……運命だと思いたい……。実は……また会いたかったのだ。 あの雨の日から、何度あの場所を覗きに言った事か……」 「は?」 ま、まだ……まだ、"点"だよな? 点Aから、点Bへはまだ出発していなよな? な? それにしても、俺に会いたいが為にあの場所に通ってたのかよ……! しかも熱を含んだ、"ねとぉ……"とした視線が少々怖い。 俺がそんな事を考えながら、一瞬怯えた気色でも見せたのか、双頭蛇のおっさんは急に雰囲気をカラリとしたものに変え、俺に笑いかけてきた。 「改めまして、私は"シャア・アル"。宜しく」 「あ、ああッと……。"アサヒ"、です……宜しくお願いします……」 「"アサヒ"くん、だね。……まぁ、とりあえず皆様こちらへ……茶でも飲みながら仕事内容を確認していきましょう」 そして軽く自己紹介を終えるとシャア・アル……いや、もう……アルのおっさんは俺達を奥へと連れ出した。 彼の後ろを付いて歩いてるとエメルが俺と歩調を合わせて、どこかからかう様な小声で話しかけてきた。 「何々? アサヒくん、シャア・アル氏と知り合いなの?」 「知り合い、ってか……」 エメルの言葉にあの雨の日の一幕を頭に過ぎらせて、俺は内心、頭を捻った。 俺がエメルにどう、どこまで説明するかと逡巡してる内に、エメルは勝手に話しを進めて来た。 「でも、彼……結構アサヒくんの事すでに気に入ってるよね? 僕にとってはラッキー?」 軽く「うんうん」と頷きながら、一人で実に愉快そうだ。 ディルをチラリと確認すれば、彼は俺とエメルから一歩後方を着いて来ており、後方の位置を確保してる様だった。 ほらさぁ……冒険とかでも、隊列で先頭が強いのが大事だけど、殿も大事なんだよ。強くなきゃダメだったりさ? そんな中で俺とエメルの小声の会話は続く。 「は? え、エメル……それは、どうして……」 「ふふふー。何か交渉事に使えそうかなとか」 「それは……ひでぇよ~、エメル……!」 「ふふふ?」 俺のふざけた口調の抗議にも、一定の笑顔でエメルは返してきた。有る意味まるで雲を掴む様な男だ。 笑い声を残してエメルは俺から少し距離を置き、相変わらず歩幅はそのままにいる。 前方のアルのおっさんは俺達の今の会話……聞かれたかな?アルのおっさんはチラリともせずに俺達を引き連れている。 「……それにしても広いな……」 そう。広い……この屋敷、広い。どんだけ金持ちなんだ。 そして部屋もどの位保有してるのか分からないけど、何となくな雰囲気でこの屋敷は複数人数で利用しているみたいだ。一応。使用人に当たりそうな方々は別にして、だな。 何となく、同種だけど色々な人物の空気が混ざり合っていると感じるんだよなぁ。 ……血の繋がらない大家族……的なモノ……。 いや、何となくそう思っただけで、実際は知らない。 そして連れて行かれた部屋には、Y字状に描かれた双頭蛇の大きなタペストリーが飾ってあった。これは……すごいな。 そこから視線を外して下に移動させれば、応接セットの艶やかな黒檀と思しき机の上にはすでに茶と中華菓子が並んでいた。 小さめな白磁の茶碗に、薄緑の……多分、お茶だな。高級そうな香りと色合いをして……るなぁ。それに小さな月餅饅頭が傍に置かれている。 アルのおっさんと対面に、左からエメル、ディル、俺の順で席に着く。座った椅子も見た目はシンプルだが良い物感が漂ってくる……。 「では最終確認をして行きましょうか」 全員が座ったと確認したアルのおっさんは俺達にそう声を掛け、仕事の話しを始めた。 ―……最終確認にとアルのおっさんが一枚の紙……まぁ、地図を広げた時、不意に部屋の扉が開かれた。 俺は自然と目の前に開かれた地図から、この部屋へ入ってきた人物へ視線を移した。 「レンシン、この前の話しだが、……っと、接客中だったか……」 「……仕事中は私の事は"シャア・アル"、又は"アル"と呼べと、言ってあるだろう?」 「スマン。……それでアル、この前の一件だがな……」 「最後に邪魔が入ってしくじったヤツか」 「…………そうだ。邪魔が入ったヤツだ……。ケイも怪我をするし……、お陰で俺の"店"にも暫らく出せなかった。全く、面白くない」 ……ん? 途切れ途切れの小声だが、何だか聞き覚えの有る声と、呼び名……に、内容……。 「ふ……。スゥはケイを使い過ぎてる。たまには"表"の生活だけでも良いだろ。あまり"煙"を使うと……壊れるぞ」 「アルはケイを……甘やかすな……」 「……スゥだけが甘やかしたいからか? ふふ……。それで? 何の用だ?」 …………ぅげ! これは不味そうな話してるじゃないか!!? そして点と点が繋がって、図形が浮かび上がってきたじゃないか……。 会いたくない相手の宝庫か、ここは!? ……アーアー ボクハ ナニモ キイテナイ ヨー? ああ……! ここでレグルスの姿が消える妖精の秘術が使えたら……って、絶対無理無理!! だから俺はせめて視線を前に、絶対にアルのおっさんに向けないようにして黙って座ってた。 でもさ、俺はそちらを見なくとも、向こうのスゥは俺を発見してしまった……のは、仕方が無い事だよな? 「……お前……」 「………………」

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