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第126話 双蛇の巣 -2-
―……ぅあちゃー……そりゃ見つかりますよねー。隠れもしないでソファーに座ってるもんな、俺。
「ここで会ったが……ってヤツか? どうしてくれようか……」
視界が狭まり、俺だけを捉えているのではと思う怒りにぬれた瞳をしながらシャア・スゥはアルのおっさんから離れて俺の方へズンズンと近づいて来た。
以前は目深なフードで顔の全貌は殆ど分からなかったが、今の彼はそんなを被っては無く、全開だ。
整った顔立ちに一重の切れ長な薄灰の瞳、濃い紺の腰辺りまで有る長い髪を後ろで一つに三つ編みにして束ねた姿からどこか冷たい印象がきた。……それにしても……髪、長かったんだな……。
ダラダラダラダラ……嫌な汗が俺の肌に浮かんでくる……この感じ……。うう……スライムの能力で消しておこう。ど、動揺は見せん!
「お前、あの時のヤツだな! ……ぇーと……名前は……」
「………………」
「……そう、そうだ。"アサヒ"とか言ったな!?」
「………………」
チッ。覚えてたのか。忘れてくれてても良かったのになぁ?
「お前のせいで俺もケイも……散々だったんだ……! そんなお前が何でこの屋敷に……」
「……スゥ。こちらに来るんだ」
俺に向かって敵意剥き出しで話し掛けているスゥに、アルのおっさんの低い声が掛かった。
そうした途端、一瞬、スゥはビクと身体を強張らせ、視線を俺からアルのおっさんへと向けた。
そして声無く、パクパクとアルのおっさんに向かって口を開閉させている。
そんなスゥの様子に、アルのおっさんは彼を見つめながら手元のお茶をゆっくり啜り、スゥが自分の横に立つのを待ってから、彼に穏やかな声色で言葉を発し始めた。
「スゥ……、その事は黙っているんだ。アレはもう処理しただろう? 第一、この場で話す内容じゃない。分かるな?」
「……………………」
「……そうだ、スゥ。お前の店でこの後食事会をしようか。食事……と言っても突然だから軽いものを中心に……。ケイは出せるかな?」
「……出せる……」
「そうか。では、お願いしようか。行く時は"使い"を出すから」
「―……分かった。俺は"店"の準備をしておくよ」
「ああ、頼むな、スゥ。お前の用件は後で聞こう」
それから言い終えたアルのおっさんからスゥは静かに離れると「……失礼する」と一言だけ言葉を発して、この部屋から出て行ってしまった。
……ああー、変に緊張した! まさかの再会が多いな、この屋敷は!
そして俺は一人、茶を口に含んだ。その時エメルが俺に、「アサヒくんも色々大変だねー?」とややノンビリ気味に声を掛けてきた。
まー……知らずにやらかして、こんな再会をしたから大変だな。これ以上は絡まれたくない……。
俺はとりあえずエメルの言葉に一つ頷きを見せて、再び茶を啜った。ああ、このお茶、美味いわー。
「……スゥが来た事で話が途中でしたが、仕事の内容確認をしますか」
おお、そうだった……。
アルのおっさんの修正で、俺達は再び机の上に広げられた地図へ視線を向けた。
黒檀の机の上には、地形の一部を切り取った部分的な地図が広げられていた。簡単に陸地と海が分かるそれは、この王都"フォンドール"は無く、目的地の"シーフィールム"を中心として描かれた物らしかった。
そしてシーフィールムの直ぐ脇の洞窟らしき図を指し、クルリとそこを指先で円を描き強調してきた。
「では、この海底洞窟から"琉榮の珠藻"を出来るだけ取って来て頂きたい」
なるほど? そこの洞窟にあるのかぁ……。
エメルもディルもアルのおっさんの言葉に無言で頷いている。
「そして今回、"蛇"の者は使わないで貴方達だけで採取をお願いしたい」
「……つまり?」
「ウチの"仲間"は一切、手を出さないと言う事ですな。その代わり……」
―……え? この双頭蛇のおっさん、俺らに何か要求してくるつもりなのか?
「アサヒくんが採取した分だけ、という事で」
「お、おれぇ!?」
「そちらの仕事に手を出しはしませんが、仲間を同行させましょう。"シャア・チィ"という男で……もしかしたらアサヒ君と近い年齢かもしれませんな。若いがなかなかな奴でしてね、ウチのナンバー"7"ですよ」
「そんな……」
「彼は現在は他の任務中でしてね。途中から加わる様に手配しますから、そのつもりで」
「何で俺が採取したのだけ……」
「それはスゥの仕事の埋め合わせ、と取って頂きたいですかな?」
「う……うそだろ……」
な、な、何だって!? 大げさかもしれないけど、あの兄ちゃん……シャア・スゥの仕事を台無しにした鬱憤をこういう形で!?
「では、こうしましょうか? ―……アサヒくん一人が採取した場合は成功報酬を1.5倍……に、ね?」
「……! それは……本当ですか? アサヒくん一人は1.5倍……」
「はい、しますよ。見張りのチィも居ますし、彼には正直に報告して貰います。如何です?」
「…………そうですね……。実は採取の人手は現地で雇おうかと考えていたんです……。同行する仲間達はアサヒくんも含めて戦闘向きばかりでしてね、ははは……」
「………………そうですか、頼もしいですね」
「はい、頼りにしてます」
おーい。俺を無視して話を進めて行かないでくれー。エメルー、その神妙な顔は何だ~! 何、計算しちゃってるんだよー!
大体だな、俺一人で苔を採るとかって、無謀だろ! ちょっと海イグアナの食事風景を思い出しちまった。海の中で、岩に生えている海草をゴリゴリ削り食べるのだ。
……ってか、どういう状況で採取するんだ?
「琉榮の珠藻……って、どんなのなんだ? 何にどう使うか想像つかないんだけど……」
「簡単に言うと、依頼品で作られる美容品は特にお嬢さん方に人気なんですな。まぁ、主には海藻美顔パックですなァ」
そう言いながらアルのおっさんは、頬にくるくると掌で何かを塗る様な動きを見せた。
なるほどなるほど? そうか。海藻美顔パックか。
アルのおっさんの説明を受けながら、俺はエメルを盗み見た。だってさ、さっきの俺だけで藻を採取する話し……エメルは乗り気そうだったもんな。
エメルを見てみると……おお、考えてる。何か考えている雰囲気がビシビシ感じられる。
そんなエメルからディルに視線を移せば、ディルは腕組無言の様子で地図に視線を落としていた。うう……ディルも何を考えているんだよ……。
「―……アサヒくんと、さっきのシャア・スゥの間に何が有ったかは知らないけど……」
お? エメルが喋り始めた。少し困り顔の笑顔だけど……? 何?
「その……採取はアサヒくん一人だけど、他の部分では……僕達もサポート出来るよね?」
え……。それって?
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