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第130話 睡下の蛇達 -3-

「……さ、"煙"を吸うんだ」 事が終わり身を清めたケイは、しょうがない事に不満を感じながらも自身からスゥとの情事が確り消えているのを確認してからスゥの下に現れた。 スゥは服を着終えたケイの手を取り、小瓶の中で妖しく動く薄紫の煙を吸う事を勧めて来た。 "フワリフワリ"と形を変える煙を見ながら、ケイはポソリと言葉を零した。 「スゥ……スゥぅ……やっぱりもっと一緒に居たい……」 「今は時間だ……。………………後で、だ、ケイ」 「―……うん……分かった……我慢、する……」 スゥの言葉に素直にそう言い残すとケイは小瓶をスゥから受け取り、くゆる紫雲の煙を鼻腔に吸い満たし―………… 一瞬で意識を手放した。 ケイの手から転がり落ちた小瓶を拾い、スゥは残りと漏れ漂う煙を別な煙を重ねて中和させた。 そして一通りの下準備を済ませてから煙で意識を切ったケイの頬を撫で、声を掛けて起こしに掛かった。 「……"スイ"、起きろ。準備だ。お前の出番だ」 「………………はい、シャア・スゥ……。"準備"……お店の仕事、ですね……?」 目覚めたケイ……を、スゥは"スイ"と呼び、先程まで"ケイ"だった人物は今度は己が"スイ"だと認めた。 「そうだ……スイ、出来るか?」 「はい、出来ます。シャア・スゥ……」 「よし……良い子だ……。さ、……舌を出すんだ、スイ。ン……」 「ん、ん……はぁ……んん……ん―……オーナぁー……。ん、ん……」 互いに舌を絡め合い、スゥはスイの様子を観察した。 釣り目がちな瞳を潤ませ、頬を上気させて突然の要求のスゥの舌に答え、従う、スイ。 何となく、演技ではないものを感じ、スゥはスイの頭を撫でた。 スゥはケイと密かに身体の関係を持っていたが、スイとは唇を重ねるに止まっていた。そしてケイは上手くスゥとの肉体関係を隠していた。 そんな彼を見ながら、スゥはこの状況になるといつもこの事を考えてしまっていた。 ―……やはりどこかで感情は繋がっているのか……? そう。ケイはスイであり、スイはケイであるのだ。ある程度上手く意識の繋がらない二重人格……それがケイとスイだった。 しかしある程度お互いの活動の情報交換はしているようで、秘密も抱くし、誤魔化しもする……その構造は一人分の肉体内でなかなか複雑な呈を成していた。 だからケイはスイの存在を知っているし、その逆もまた同じだった。 そして幾度か頭を撫でたスゥは、目覚めたスイに彼の成す"仕事"を告げた。 「―……今から引き合わせる"客"をたくさんもてなしてやれ。アルのお気に入りだからな。……客の満足度で借金の返済金に"ボーナス"を付けてやるよ」 「……!!」 「少しでも多く減らせる様に頑張りな、スイ」 「…………は、はい……!」 スイはスゥの計らいに別な意味で更に瞳を潤ませ、彼の顔に近づき…… ―ちゅ…… 「……スイ?」 「ぁの、オーナー……ありがとう御座います……。俺、頑張りま……んんッ……んぁ、ぁ……あ……」 「……スイ……ん、ん……」 「ん、んん~~……ん、ぷは……」 「全く可愛いなぁ、お前は……スイ……。早く借金を無くせよな……」 「オーナー……」 雰囲気が違うだけで、肉体は"ケイ"なのだ。唇の柔らかさがそれを物語っている。 そしてスゥは、このスイも気に入っている自分を早くから認めていた。 借金が無ければ……こんな上下関係で無ければ、スイも早くに手に入れていた。 ちなみにケイが稼いだ金も借金返済に充てられてる。 本当の表は"スイ"で、僅かな裏が"ケイ"……。 スイのこの二重人格はスゥが彼に出会う前から、こうなっていた。つまり、スイの一族自体がこうなのだ。 スゥの"煙"はケイをより簡単に呼び起こす切欠に過ぎない。 そしてスイの時は、その折角の強力な戦闘技術が一切使えず、……暗殺、戦闘の手管を濃縮したのが"ケイ"なのだ。 それ故、この二重生活を幼い頃からこなさせられている。 スゥはスイを引き寄せ、彼に腕を回すとスイも直ぐに笑顔で同じ行動をして来た。 ―ちゅ……ちゅ……ちゅぅ…… スゥは最初は己の唇を奪ってきた無防備なスイの唇を、逆に浅く何度も奪う。 そうしながら、スイとケイが統合したらどちらが残るのだろう……と、……スゥはそんな事をぼんやり考え始めた。

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