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第140話 恋する看板娘ちん -2-

「うまぃ~~~……」 「そうだな」 俺はあれからコッペパンにハムやら野菜を沢山詰め込んだサンドをマキちゃんに大量に作ってもらって大皿に乗せ、ルツの部屋に帰った。 帰ってきたらルツは数枚の紙を見ていたけど、俺の「ルツ~」の呼び掛けにこちらを向いてくれて、濃い目のコーヒーが用意された机に連れてこられた。 机の上に持ってきたパン数種を置けば、食事の開始で今に至る、という訳。ああ、幸せだー。 もぐもぐと口を動かしながらルツに今度行く、シーフィールムを聞いてみる事にした。 「なぁ、ルツ……"港町・シーフィールム"って、どんな所か知ってる?」 「シーフィールム、か?」 ルツが説明してくれた内容を抓んでいくと、シーフィールムはまあまあな規模の港町だそうだ。 そして人種的にここ……王都ではあまり見かけない、"海人"族の方々がシーフィールムには多く住んでいるんだってさ。 観光地って感じは殆ど無いそうだけど……。俺はエメルが水着を用意させて、「遊ぶ」とか言っていたから、てっきり海水浴客とかで賑わってるかと思っていた。けど、これは「仕事ついでに遊んじゃおう!」とか、そんな発想な気がしていた……。 あとさ、海底洞窟だよな、そこで水着が大活躍したり?ほら、俺が"藻"を採る羽目になっているんだしな。 ま……、後は現地を自分で見て……だな。 そんな感じで話を聞いたりしながらパクパクとしてたら、パンはいつの間にやら全てお互いの胃に収められていた。 ―コンコン……コンコン…… そして俺とルツが食後、まったりとしてたら小さくドアを叩く音が……。 ドアを開けるとそこにはネルが立っており、「お皿を下げに来ました!」と俺に告げて来た。 そこで俺はネルに皿を渡し、俺自身もルツと別れて部屋を出た。 そして何気なく皿を下げに来たネルに付いて行き、食堂に入るとマキちゃんが出かける準備をしていたんだ。 「どこかに行くの?」と軽く聞いた俺にマキちゃんは笑顔でこんな答えを……。 「うん、今からネルちんと買出しとか、発注をね……。結構回るつもりだから、熊の左手はちょっとライラさんにお願いしてるんだけど……。なるべく早く帰って来たいかな。ライラさん身重だし」 そこで俺は軽い気持ちで荷物持ちとして着いて行く事にした。人手が多い方が早く済みそうじゃないかなー、とか? そして、いざ買い物に出掛けてぷらぷらと手を繋いで歩くネルとマキちゃんを後ろからみていると、大変仲が良い。 マキちゃんとネルの買い物風景を見てると、店側の人達に二人とも"愛されて"いる様だ。とりあず俺も後方で笑顔を向けとこう。 それにしても……"おまけ"の量が半端無い。普段からこれだったら、いつもはどう買い物をこなしていたんだ、ってレベル。 まぁ、こうした手持ちとお届け……発注に分けているんだろうけどさ…… 「……マキちゃん、わりぃけど……俺、そろそろ荷物持てない……。両手に一杯だ」 「ん?あ……ああ、確かに……。今日は男手のアサヒくんが一緒だから、俺も調子に乗っちゃったな。ごめんな。いつもはメルちゃんにお願いしてるんだ」 メル……。あの怪力トロール娘か。力だけなら、俺よりありそうだけど。 そういえば……遠目だけど、一般の泊り客の大きな鞄を何個も抱えて颯爽と部屋案内してたな……。 「いやぁ……荷物持ちで来たのに、俺の方がワリーね」 「そんな。ま、店側も相当おまけしてくれたけどさ。アサヒくん効果かなぁ?」 「ねぇ、ねぇ。ネル、持つよ! アサヒ、どれか貸してー!」 そう言いながらネルが俺の周りをぐるぐるしだし、どれに手を出そうか物色し始めた。 でもなぁ……。幼女のネルに渡すのは色々キケンだろ……。幾ら給仕の手伝いをしててもだなぁ、所詮五歳児なのだよ、チミは。 「……いや、ネルは無理だろ。申し出は嬉しいけどなー。さんきゅ、な? ネル」 「うー……。もう! そのリンゴが入ったのくらいなら、ネルだって……」 「見つけたぞ、マキシ……!」 ネルがリンゴが三個ほど入った袋に手を伸ばしてきたその時、道端の俺達三人に急に四人目の鋭い声が加わった……。 見れば、声を掛けて来たのは黒で固めた男だ。そして身なりはどこか上流階級めいた、高級そうな雰囲気を醸し出している……。 しかもどうやらマキちゃんの知り合いの様だ。まぁ、マキちゃんは目を細めて眉を寄せ、全く男を歓迎していなさそうだけどな。 「………………」 「マキシ、ここに居たのか! 捜したぞ……。さぁ、お前の席はちゃんと用意してあるから、戻ってくるんだ」 「………………イヤだね。俺のご主人様はもう決まってるんだよ」 「は……?」 突然俺の目の前で繰り広げられた展開について行けずに、声がした方へ頭を反応させて左右に振ってる状態だ。これはネルも一緒で、ポカン、とマキちゃんと黒服に視線を泳がせている。 しかし、ここでマキちゃんが"ひょい"とネルを抱き上げ、腕に座らせる形で乗せると、黒服男を一層睨みつけながら言葉を発した。 「あのさぁ? 俺ねー、このネルちんに拾われたの。彼女が俺の新しい"ご主人様"。……だから、もうアンタ等の世話にはならないよ」 「そ、そうなの! マキちゃんはネルのなんだから! 持ってっちゃ……駄目、なんだからぁ……! ぅ……うわぁん……!!」 マキちゃんの言葉に、俺を含めた全員の動きが一瞬止まった……。 ただ、ネルだけが誰よりも早く状況に回復を見せて、まだポカン顔の男に泣きながら食って掛かった。 「そうそう、だからぁ……さっさと帰れよ。……ネルが泣いただろ、もう一度絞められてぇのか? 下衆トリ野郎共が。今度はその足りない頭を逆さにして、血抜きすんぞ」 「………………マキ……シ……? ……え? え?」 「マキちゃぁん!」 「うん、俺はいつでもネルちんの傍に居るからね?」 「うん、マキちゃぁん……!」 抱きかかえて、首にわんわん泣きながらしがみ付くネルをあやすマキちゃんは素晴らしく神々しい……。慈愛に満ちている……。やはり神だ。後光が見えそうだ。 ただし、その神々しさは主にネルと、ネルの仲間と思しき奴だけに向けられる様だが……。 とにかく"ネルが中心"なのだ。 世界の中心はネルなのだ。 世界はネルで出来ているのだ。 ネルに始まってネルで終わるのだ。 ネルは女神であり、同時に大天使なのだ。 ―……マキちゃんにとって。 ……そして……自分の敵には容赦ないのだ。 今のやりとりを見ていて、俺は確信したね。 触らぬ神になんとやら……………… 「帰ろう」 マキちゃんはフリーズ状態の俺と黒服男の、俺だけに声を掛けて、泣いてしがみ付いてるネルをそのまま抱えて歩き出してた。 俺はマキちゃんの言葉に凍結状態が解かれ、慌てて後を追った。 黒服の男は俺達を追ってこなかったけど……。後方から、嫌な……怒気の孕んだ物を感じ、俺は思わずそれに振り返りそうになったが見ない方が良いと判断して振り返らなかった。

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