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第141話 恋する看板娘ちん -3-
そして買い物に行った夜、熊の左手で夕飯帰りの俺はネルの襲撃を受けた。
「アサヒ、アサヒ……ちょっとこっち来て!」
「おー? 何だ? ネル……」
「あのね、コレ、食べて……感想聞かせて……」
そう言いながら差し出してきたのは……チョコチップクッキー……かな?
チョコチップがわんさか載ってる……。これは、もうチョコクッキーでも通用したりして。
口内に収めるとチョコチップの部分が口内の粘膜を押すから、ちょっと……痛い……。
そんな事を考えながら、ネルから差し出されたクッキーを咀嚼する。
「アサヒ、どう? 食べられる? 味、おかしくない?」
「………………」
―……俺は毒味係か……? まぁ、それも有りかもなぁ?
「……食べれるし、味はおかしくないよ。チョコチップが掛かり過ぎかと思うけど。味は、……むしろ美味しい方かな?」
これはネルが一人で作った訳では無いだろう。多分、ママのライラさんか、マキちゃんが一緒だと思われるから、味は大丈夫だ。
俺の意見を真面目顔で聞いてるネルに、「このクッキー、誰かにやるのか?」と聞けば、鼻息荒く直ぐに答えてくれた。
「ネルはね、早く大人になりたいの……! じゃないと、マキちゃんが他にとられちゃう!」
「………………」
「マキちゃんは、ネルが雨の中見つけたんだから……! 他は、めッ、なの!!」
……昼間のあの黒服男の事を指しているのかな?
「だから、マキちゃんの好きな物はネルが一番上手く作れる様になりたいの! 自分の好きな物をくれる人の近くには、ずっと居たいものでしょ?」
なるほど? ネルは五歳児ながら恋するおませ少女だったのか。
何だか少し餌付け感覚だが……。まぁ、ありかもな?
そんな翌朝、ネルは早速行動を起こしていた。
朝の慌しさが過ぎ去った熊の左手の片隅で、ネルはマキちゃんに向かってエプロンドレスから可愛くラッピングされた小袋を取り出していた。
中身は……多分、あのチョコチップクッキーだと思われる。
「マキちゃん、あのね、これあげる」
「良いの? ありがと、ネルちん」
おお……。何と微笑ましい光景だろうか……。
俺はマキちゃんの美味しい料理で腹を膨らませて、そんな二人の遣り取りを浅く頷きながら見た。
「お礼は何が良い? ネルちん?」
小袋を片手にマキちゃんは物凄く上機嫌で、しゃがんでネルに視線を合わせて聞いてる。
そんなマキちゃんの申し出にネルは頬を上気させて少し言いよどみながら、マキちゃんを見つめて喋り出した。
「…………ん、と……ね、マキちゃん、ネルとちゅーして?」
「え?」
「パパもママも……アサヒも、……好きな人と、ちゅー、してた。ネルもマキちゃんとしたい……」
「………………ネル……」
「だめ? ……でも、マキちゃんは"だめ"って言っちゃ、だめ……」
「………………………………………………」
いつの!? どれの!? 誰とのだ!? ネル――!!!! ……にしても、俺……キスシーン、見られ過ぎ……!?
あああ!? しかも。マキちゃんの咎める様な視線がッ……! こ、こわい……。静かに怖いぃい……!
よ、良し! 俺はとりあえず回れ右をしておこう!
そう決めて、俺はマキちゃんの視線から逃れる為に、慌てて右に半回転した。
そして、その直後に聞こえてきた、この"音"……。あの、マキちゃんさん?
―ちゅ……
「……ほっぺ?」
「…………頬の時も、あるんだよ、ネル……」
「…………そうなんだ? そっかぁ……、分かった、マキちゃん。えへ。ネルもマキちゃんにするー♪」
「うん、ありがと。ネル」
「えへー」
ぐわ! あッま! 甘!!
俺、回れ右して色々正解な気がしてきた! 見てはいけない!!
それに、ここにこれ以上、止まってもいけない気がする……!
そう決めて、俺はアタフタと熊の左手を後にした。
「……………………」
ぐ……。マキちゃんとネルのコンビのせいで、変に人肌が恋しくなったじゃねーかよー。あー、もうー。
―……とりあえず街に出て少し気分転換をするか……。
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