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第142話 湯煙ちゃぷちゃぷ紀行 -1-
俺はマキちゃんとネルコンビに中てられて、何となくプラプラ街を歩いていた。
単純に甘々空間のその場を離れたかったのだ……。
でも、目的も無く歩くのは少しつまらなく、宿にまだ戻りたくない俺はどうしたものかと思案し始めた時、急に名前を呼ばれた。
「アサヒさん!」
呼ばれた方へ顔を向ければ、馬に乗ったハウルが俺に笑顔を向けていて……。
彼の存在に「ハウル……」とその存在を強める様に、名前がポロリと勝手に零れた。
そして俺は呼ばれるまま馬上のハウルに近づいた。
見れば馬に微妙に荷物を括ってながら、普段着に近い格好。単純に考えてどこかに冒険に行く雰囲気じゃないな……。
「ハウル……どこか行くのか?」
「はい。今から"温泉"に行こうと……」
「おんせん!?」
「ぇっと、はい……。俺、怪我を早く治そうと思って利用しているんです」
「ぅお! そうだったのか! い~なぁ~……温泉……お・ん・せ・ん……」
思わず馬上のハウルを上目使いで"い~な~"オーラを出して見つめた。だって、行ってみたい! 前世日本人の血が騒ぐぜぇ~……って、"前世"だから関係無い?
「……アサヒさんも、行きます?」
「え! 良いのか? ……行く! 行くよーハウル!!」
うおー!分かる男だな、ハウル!よぉーし、ハウルと温泉~。人肌♪ 人肌♪
「~♪♪♪」
「……? アサヒさん、温泉好きなんですか?」
「へ? 何で?」
「だって、嬉しそうだから……」
「んー……温泉も好きだけどさぁ。俺はハウルと行けるのが嬉しいんだよー」
「……!!!?」
……あるぇ? 何で顔真っ赤にして固まってんの、ハウル?
「なー? 早く温泉、行こう? ハウル?」
「は、は、……ハイ!」
俺はハウルを見上げる形で温泉へと催促をかけた。だってハウルは馬上の人だしさー、俺は只単に地面に立っている状態だしな。
するとハウルは馬から降りて、俺に騎乗していた馬を紹介してくれた。
「彼女は俺の相棒で"グレーズ"って名前なんです」
「ほう。"グレーズ"か」
紹介された馬を見れば、灰色の身体に砂糖の様な白が背に降りかかっている……と感じる。ここで背に降りかかってる白を"星"や"雪"と表現しないのが、何とも甘党のハウルらしい。
だって、"グレーズ"って、"砂糖掛け"って事じゃないかな? 『白=砂糖』、で合ってそうだよな?
「……こうして見るとやっぱハウルの馬、でけぇなー」
「俺は重装備が多いですけど、基本的に馬で移動してるんで……」
「そっか! そうだな、うん。強そうな馬だ!」
俺はハウルに軽くそう答えて、紹介されたグレーズ"の目の前に移動した。
『……当たり前です、人間』
「ぅお!?」
「?」
わわわ……! 急にビーストテイマー能力が発動したのか……!?
「ぐ、グレーズ、宜しくな? 俺は……アサ……」
『御主人のハウル様以外、一括りに"人間"で十分です。に・ん・げ・ん』
そう言いってグレーズは「ヒィン!」と嘶いた。
な、なかなか生意気そうな性格をしていそうじゃないか……。これで人間の姿なら、ツンと冷たくお澄ましを決めているお美しい才女様だな。
「……………………」
「グレーズもアサヒさんに挨拶したみたですね」
……はうーる、それは"挨拶"じゃなくて、"小馬鹿にしてきた"だ。間違い無い。
でもさ、ルツの時も思ったけど、こうして飼い主と獣の間には微妙な食い違いが……。まぁ、わざわざ訂正しなくても良い様な内容だと思うから、俺はとらえず黙ってハウルの言葉を流すけどなー。
そして俺は"ニコ"と笑顔をハウルに向け、「そっか。じゃ、温泉に行こう、ハウル~」と先を促した。だって早く温に泉に浸かりたい。ほかほかホクホクしてーじゃん?
ハウルは俺の言葉に「じゃ、一旦、必要な物を取りに宿に戻りますか」と声を掛けてくれた。お。それもそうだな! ハウルは気が利くな!
それからハウルはグレーズには乗らずに手綱で引きつつ、俺と歩いて宿に戻った。
宿の前で一時ハウルと別れて、俺は自室に戻り大慌てで着替えやら必要そうな物を鞄に詰めて、階段を段飛ばしで降りてハウルの元に帰った。
うん、俺のスバラシイ運動能力であんまハウルを待たせてないと思う。
そして、だ、
―……ゆらゆら……ゆらゆら……
「……そうだ。誰も温泉を利用してなかったら、背中、流しっこしようかー? ハウル~」
今度はのんびり馬上で揺られながら、俺はハウルの背後から回した腕に僅かに引く力を込めて声を掛けた。
俺の引きに、服越しに"くッ"とハウルの腹筋に力が入ったのが分かる。おおー、おおー、良い筋肉だなー。ニヤケちまうなぁ~。
しかも、グレーズの耳がピクピクとして、俺達の会話を必死に拾おうとしている……。愉快。愉快。
そして今は、俺達はもう王都を出て、温泉がある方へとポクポク移動中だ。
馬上の視線ってのは案外高く感じるもので、一瞬、俺は前世の記憶としてある、車高の高い車の助手席からみた風景を思い出してしまった。
そんな事を思い出しながら、俺はハウルに「な? ハウル?」と返答を催促してみた。
「そ、う……ですね。流しっこ、しますか」
「おー。しょうしよう。楽しみだなー」
俺はハウルの回答に気を良くして弾んだ声で……わざとデカい声で言ってやった。
するとさ、グレーズの耳が……ピクピク、くりくり、って音を必死に拾おうとさっきより動いてさ~。いやぁ、ホントーに愉快愉快。
ハウルが大好きだから、俺のベタベタ加減が気になるんだよな? グレーズ?
「ふっ……ふふふ……」
「……? どうしたんです? アサヒさん」
「ん? ああ、ハウル……何でも無いよー。ただ、ちょっと……ははッ」
ハウルの質問を笑いで誤魔化して、俺はハウルにキツく抱きついた。
それからしばらくグレーズの背に揺られて、俺達は目的地の温泉に着いた。
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