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第164話 月に愛でられる者 -1-
「今回、シーフィールムの案内役と宿提供をします、"リューテ"です。宜しくお願いします」
……『シーフィールムは体格の良い海の荒くれ者が多いと聞きます』……とのハウルの言葉に俺は内心密かに身構えてたんだが、現れた海人族は無駄な筋肉も脂肪も無いヒョロリとした印象の好青年だった。
深い蒼の髪には黄緑や紫、黄色にピンクに白……のカラフルな細いメッシュが数本入り、垂れ目がちな黒い瞳がニコリと笑顔を作ると彼の幼さが際立つ様な気がした。そんなリューテも海人族……なんだよな。何に変身するかは分からないが……。
この容姿の彼が海の荒くれ者であるとは到底考えにくい。
「よぉ、リューテ、団体客か?」
「ヒョウモ兄さん!」
「ま……お前の"どの"客かは知らんがな……くくく……」
「もォ……、そんな変な言い方止めてよ。普通に案内と宿利用のお客さんだよ。第一、僕とここには主にそれ以外無いだろ!」
前言撤回。
今現れた男と、彼の後ろからワラワラとくっ付いて来た一団は確かにハウルが言っていた内容に一致した。
そしてリーダー格であろう"ヒョウモ兄さん"はスキンヘッドに蒼と橙色が特徴的な独特な模様の刺青を両腕に入れており、いかにも強そうだ。
肩幅の広い、立派な逆三角形の上半身を支える細いが確りとした腰、そしてそこから生えている脚の長さよ。
荒々しいが格好良い。うむ、"ヒョウモ兄さん"はイケメン荒くれ者の様で、後方に従えている部下達の雰囲気からして相当慕われてそうであり、リーダー格としてのカリスマ性も十二分にお持ちの兄貴キャラな様だ。
そんな兄さんの存在感の強さに、俺はポカンとした表情で彼を見ていた。何だか、圧倒されたんだよなー。
「……長期滞在者か」
「はい、そうですね。結構な日数をこの街で過ごすかもしれませんので、今後宜しくお願いしますね」
ヒョウモ兄さんの言葉にエメルがすかさず答え、"ニコリ"と柔らかい笑顔を付属した。
そしてすかさずここに来た目的を話し、現在の海底洞窟の具合を聞いていた。
ま、別に隠れて行動しなくちゃならない訳じゃないしな。地元の方に話を聞いてみるもの、大事な事だよな。
「あの藻採りか。……少し面倒な年に来たな」
「……何が、ですか……?」
少し声のトーンを落としたヒョウモ兄さんに、エメルはその言葉の先を求めた。
エメルの瞳が輝いている……。ヒョウモ兄さんの言葉に、すげぇ興味が湧いたんだなー、エメル。
「……最近、海底洞窟の近くにでかい規模の"輝蝶"の群れが出た」
「輝蝶……?」
エメルに向けた答えの中にあった、初めて聞く言葉に俺は思わず小声で反応しちまった。
「そうだ。輝蝶、……"魂の蝶"が集う所には、"幽世 "、あの世への入り口が開いている……とこの辺りでは昔から言われている。
……そんなんだからかな、一部では"故人"に会えるかもしれないと……淡い期待が寄せられている……。
実際、あの群れの中に入ると、会える奴と会えない奴がいる様なんだ」
「へぇ?そんなのが?」
「ああ。とにかく、厄介だ。実は輝蝶は"故人の輝蝶に触れると魂が魅了されて、あの世へ引き込まれる"とされて不気味だし、柱は神出鬼没で航路の問題が絡んで来て面倒だ」
「それは大変……だな……」
「全くだ。出現してから一年はあのままだ」
……おや? いつの間にやらヒョウモ兄さんと会話が弾んでるな、俺。
そこですかさず、「俺はアサヒ、っての宜しく!」と慌てて自己紹介すれば、「ヒョウモ、だ」と軽く返された。
そうそう、言うのが遅くなったが今、俺達はコンテナから離れてシーフィールムの海近くの宿屋に来てる。
宿屋……と言っても、二階部から宿屋の三階建ての建物で、一階部分は軽食等を提供している食事どころ……。
でも、その一角に楽器なんかが置かれてて、多分夜には生バンドかそういう系統の演奏を聴ける場になるんじゃないかと俺は推測している。
俺がヒョウモ兄さんと自己紹介で会話が途切れた時に、エメルが「そろそろ荷物、運ぼうか」と言ってきた。
そこで俺はヒョウモ兄さんと別れて、エメルを先頭に階段を上り部屋に向かった。
後方からヒョウモ兄さんがリューテを呼ぶ声がし、どうやら適当なテーブルに案内されている様だった。
多分、ここには食事に来たのではないかと思う。
まぁ、ヒョウモ兄さんはこうしてここを利用してそうだから、また会話が出来る時も有るだろう。
「……宿の部屋割りは、コンテナの時と一緒だからね」
どうやら部屋は301、302、303、が俺達の部屋の様で、俺はコンテナ通りアリエントと同室だ。
部屋の鍵を一人一人の渡しながらエメルは「ここは長期の宿泊対応の宿だから、大体部屋に備わっているからね」と言って来た。
それって、小熊亭の様に部屋内にキッチンまであるって事?まぁ、確かにそれはそれで便利だ。
部屋の清掃時には外に出されるかもしれないなー。自分で掃除をする訳じゃないから楽って言えば、楽なんだけどさ。
俺は渡された鍵に"302"と書かれているのを見てから、それをポケットに仕舞った。
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