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第166話 月に愛でられる者 -3-
「輝蝶……」
ポソリと呟いて、飛び向かう方向に視線を合わせれば、確かに存在する光り蠢く数本の柱。
……って事は、海底洞窟はあの辺りに存在するのか。
そして俺は藻の採取は明日からだと思いながら、海中へ身体を沈めた。
案外、海水は冷たかった。
潮騒が聞こえた時、俺は前世の記憶から子供の頃に体験した事を思い出ししていた。
その時は釣りの事を思い出していたのだが、今は違う。
俺はこうして海に潜る行為が初めてではないかと、視線の位置で俺を横切り消えていく魚等を見て思った。
そこから視線を下に向ければ足元は暗く、海草が存在しているのが何となく分かる。
下に向けた視線を、今度は真逆へ切り替えると……
―……海の中から海面を仰ぎ見れば、揺らいで歪な月が見えた。
空では無くて、海中に魚と一緒に浮かんでいる様な錯覚さえ起きそうな淡い月。
現実なのに、海面の天然フィルターでこうも違って見えるのか。
……こんなものを見れるなんて、水着を持って来て良かった。エメルに感謝、だな。
俺はそんな事を考えながら海中から浜辺に戻り、再び天上の月を見た。そしたら……
「……あれ? …………月が……三個……?」
あ。でもその内の一つは別な方に飛んでった……?
残る二つは、一つは天上に固定されて残る片方が俺の目視出来る範囲に降りてきた。
天上には本物の月、そして俺の目の前に降りて来た月は……。
「カーちゃん!」
「久し振りです、アサヒ」
やっぱり!
「カーちゃん、会いたかった!」
「本当ですか? そうなら嬉しいです、アサヒ」
「本当に、本当に本当に本当に会いたかったに決まってるだろ!」
俺はもう放したくないという意思表示をカーちゃんに伝える為に、駆け寄ってギュウギュウと力を込めて抱き着いた。
カーちゃんの匂い、カーちゃんの体温、カーちゃんの感触……今なら……今だけ、全部、俺の物。俺だけが楽しめる。
「カーちゃん、カーちゃん……!」
「ん? 何ですか、アサヒ?」
俺の呼び掛けに髪を梳きながら答えてくれる、カーちゃん。
皆の神様だけど、今……、この時だけは……俺の"カーちゃん"で居てくれるあらゆる意味で特別な存在。
「とりあえず、あそこの岩場に行きますか」
カーちゃんが指し示した場所は大岩の上の平らな場所で、あそこから眺める景色はさぞかし綺麗だろう。
だが、俺はカーちゃんの提案に眉をハの字に下ろしてしまった。
「カーちゃん、あそこに俺は行けないよ……」
そう。まず、位置が高い。
「では、アサヒ……」
「ぅわ!?」
お、俺、浮いて……飛んでる……?
「これなら、大丈夫ですよね? さ、手を……共に行きましょう」
「うん!」
カーちゃんに誘われて、俺は特に深く考えずに出された手を握った。
だって、カーちゃんだし。神様だし。触りたかったし!
それからプカリと浮いて俺はカーちゃんの手で選んだ岩場の上に辿り着いた。
岩肌に着地し、海の方を見れば予想以上の景色が広がっていた。
ふぅおおおおぉ!! すげぇ! 夜の海を一望!!
俺が興奮して脳内で叫んでいるとカーちゃんが話し掛けて来た。
「一応、不可視の結界を張りますね」
「うん?」
左右確認は分かるけど、カーちゃんは何で頭上を長々と睨んでいるんだ?
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