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第171話 誘われる者 -1-
このせめぎ合う感情は、懲りる事を知らない。
心はこんなにも暴力的であり、辛く、性急で、実は即物的だ。
そのくせ幸福や充実、慈悲も併せ持っているから大変やっかいなものでもある。
そしてまた、懲りずに…………
―…………誰かに恋に堕ちる。
「―……良いか、セラ……。気に入った相手が直ぐに見つかっても、そのまま浚ってきてはけないからな?」
「……パナはハフスをそうしたのに?」
「失礼な! 私とハフスは一目合ったその時から恋に落ちた、一目惚れ同士なんだぞ! それにちゃんと合意の上だ!」
言われた赤髪の少女は顔の眉を上げ、口は下げ気味にからかう言葉を言ってきた相手に抗議した。
からかいの言葉を口にした者は"セランフィス"と言い、世界を構築した創造神の最高位の神である。
一方、彼にからかわれた少女は"パナティ"と言い、彼女もまた創造神の一人ではあるが、位としてはセランフィスの下であった。
「……まぁ、もう少ししたら今より楽に地上に行けるかもしれないから……」
「そうか」
「うん。そうなんだよ。セラに協力してもらったお陰だな!」
そうして今度は口角を上げて笑うパナティに、セランフィスもゆっくりと無表情から微笑みに表を変えた。
「セラ、行きますよ」
そんな話しをしていた所にカーティティスが現れた。
セランフィスは、自分の仲間であるカーティティスとパナティに決まった想い人……"特別"が居るのが気に成り出したのだ。
自分も"特別"と思える人物が欲しい。
だからカーティティスが下界に行く時、自分も連れて行って欲しいとセランフィスは彼にお願いしたのだ。
その様な流れで彼は今日はアサヒの前に行くと言い、セランフィスを下界に誘ったのだ。
天界から下界へと神である二人は淡い月に似た光球へと変化し、カーティティスがアサヒに会う流れで海辺の街へ向かった。
そしてカーティティスと空中で別れ、セランフィスは球体から元の人型へ戻り、地上に降り立った。
"ヒタリ"と地に足裏を着け地面から立ち上る冷気に、少し気分が上がった。
―たまには、悪くない。
そんな彼の目の前をヒラヒラとした物が……。
「……輝蝶、か」
そしてその蝶に誘われる様に、セランフィスは一歩、そちらの方へその場から足を動かした。
ハタハタと羽ばたき、輝蝶はセランフィスの前をどうやら海へと向かい飛んでいく。
一見、優雅に蝶追いをしている様なセランフィス。
その一匹の蝶から不思議と離れられないのだ。
「"輝蝶"……"帰蝶"……は、誘い蝶………………か」
そんな感じで着いて行けば崖と呼ぶに相応しい位置に出た。
前方には闇色の海に、輝蝶の光の柱が見る。
セランフィスは崖際の位置まで蝶に着いて行き、空中と崖の境界線でそれ以上追うのを止めた。
本当は、ヒラヒラと海上を進む蝶をセランフィスは難なく追えるのだ。
そう、"浮いて、歩いて行けば"良いだけの話しだ。
しかし、セランフィスはその場に立ち、海上の輝蝶を目で追うだけにした。
セランフィスの足元は崖で、目の前には、海。
―……最後まで着いてきてしまった……。
そんな事を考えていたら、蝶は暫らく海上を進み……そして、"フッ"と蝶は空中で翅を畳み、海面にその身を浮かせた。
そして波間にユラユラとし始めた輝蝶を、変わらず見つめていたら小さな光が増えている事に気が付いた。
その海にユラユラとした水面に翅を休める為に下りている幾匹もの輝蝶がいたのだ。
黄金の蝶は海面に翅を折り重ねて空中とは違う呈で、その身をあちらへこちらへと漂わせている。
そして……そんな蝶の隙間に大きな異質な物が浮いているのに、セランフィスは気が付いた。
「あれは……" 人" ?」
その黄金の中に一人の人物がプカリと仰向けになり、周りの輝蝶と同調して漂い、暗い水面の上に浮いていた。
輝蝶と月から淡い光を受け、闇夜に分かるくらいの存在を主張したものなっていたのだ。
「……これはいけない。あの"人"の子を助けねば……」
セランフィスは無表情でそう呟き、直ぐに行動に移した。
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