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第3話 着てない

それから……どの位俺はこの闇の中に居たのか分からないが、コツコツ、という音で目が覚めた。 どうやらこのさっき硬質化した殻みたいなものを、外から叩いている音なのかもしれない。 俺は音のする方へと手を伸ばし、その殻みたいなものに触れそうな瞬間、それが細かい光の粒子に変り、霧散した。 再び俺の視界にはかーちゃんと、見慣れた洞窟が広がった。 「……………………?」 『どうです?もう人の姿になっていますよ』 俺はかーちゃんの言葉に弾かれた様に、自分の変化を確認する為に両手を目の前にかざした。 しっかりとした、男の手があった。指をうねらすと、思う様に動いた。 そしてその手でペタペタと触りながら自分自身をざっと確認する。 どこもおかしくない。俺の知っている、普通の人の男の身体だった。 肌の色はやや浅黒く、髪の毛はスライムの時と同じな水色……ペールブルーだった。長さは肩ぐらいで、前髪も長めだ。 しかしこの世界では色々な髪の色があり、カラフルなのだ。俺のこの髪の色も特に目立ちはしないだろう。 ちなみに俺が最後に精を貰った、記念すべき一万人目の男は髪の毛が薄紫だ。 そして、今の俺にはこれは別に問題では無いのだ……。 俺は顔をかーちゃんに向け、ニコニコと笑顔で見守っているかーちゃんに、俺は思わず叫んだ。 「…………何で……何で全裸なんだよ!!?」 『え……第一声がそれですか……? ……だってスライムの時、服着てなかったじゃないですか……』 「そーいうことかよー!」 あんまりな返答に、俺は岩肌の上に崩れた。 ふ、服が欲しかった……。 『どうしたんです? 容姿のベースは以前の貴方ですよ?』 「……え? "以前"って……俺が前世持ちだって分かるのか……?」 『ま、まぁ、神様なんで?』 曖昧な返答を返された……。しかも服の話、流された……。 そしてかーちゃんは俺との距離を縮めると、俺の顔を覗き込んできた。 深い、闇に近い濃紺の瞳が俺を映していた。 かーちゃんの瞳に映る俺を見ていると、何だかかーちゃんの瞳の中に俺が閉じ込められているみたいな錯覚に陥った。 どの位見詰め合っていたか分からないが、かーちゃんがふいに言葉を発した。 『……どうやら一万人の生体データがあるせいか、瞳の色が定まらない様ですね……オーロラみたいで綺麗ですけど……変ってますね』 「え? そうなのか……」 俺はかーちゃんの言葉に現実に引き戻された。 ぺたり、と右目に手を置き、瞼を撫でる。 俺の瞳はオーロラの様らしい。俺は生前の記憶のオーロラを頭の中に描いた。 ……うん、悪くない……。 俺はオーロラは好きなんだ。いつか、本当に見たいとさえ思っていた。 かーちゃんから"オーロラ"と言う言葉が出た、という事はこの世界にもどこかにオーロラが見れる地域があるという事だろうか? 『名前はどうしますか?』 かーちゃんの問いかけに、俺はオーロラを思い描くのを止めた。 名前? 名前はもう決めている。 「"アサヒ"だ!」 ぐっ、と拳に力を込めて答える。 俺の生前の名前……まぁ、苗字だが、あだ名とかでよく呼ばれていたから、愛着あるんだよな。 うん、馴染んでる馴染んでる! 俺の名前にかーちゃんも納得したらしく、「分かりました」と答えてくれた。 「かーちゃん、俺を人にしてくれてありがとう!」 『喜んでもらえたなら、良かったです、アサヒ』 ああ、名前を呼ばれると実感が湧くなぁ! そんな感動に浸っている俺に、かーちゃんが俺の顎を下から力を入れてきた。 『……さぁ、アサヒ……貴方に神の祝福……私の加護を与えましょう……』 そしてそう言うと、かーちゃんは俺に唇を重ねてきた。 急な行為だけど、俺はスライムで"精"を貰う生活が長いせいか、すでにこういう行為が……何だか慣れたのか、直ぐに受け入れちまう身体になったんだよなぁ。 それに意外と実体があるもので、かーちゃんの柔らかな唇の感触に一瞬脳内が痺れた。 心臓の辺りがゾクゾクしてくる……。 「ん……」 『どうしても私の力が必要な時は、"かーちゃん"と呼びなさい。貴方と私だけの契約の名です。 ……必要に応じて助けてあげるかもしれません……申し訳有りませんが、絶対ではないです』 「……分かったッ……ん……ぅ……」 『ん……可愛いアサヒ……やっとここまできた……』 「……ぇ?」 『……いえ、何でも無いです。さ、加護の続きです』 何かを誤魔化されたけど、俺は今は正直どうでも良いと思った……かーちゃんのこの加護目的のキスがメチャクチャ気持ち良いんだ。 もっと欲しくて、俺は思わずかーちゃんの身体に縋る様に腕を回していた。 そしてかーちゃんは俺の要求が分かった様に、何度も俺にキスしてくれた。 『ああ……アサヒ、あまり他の人にその様な表情を見せてはいけませんよ……?』 「……?」 『ふふ……分かりませんか?さぁ、もう時間です』 「……もう……?」 『……嬉しい事を言ってくれますね、アサヒ』 「だって……よく考えたら俺、急に人になったし、長く生きてきたみたいだけど、この世界の事そんなに知らねーし……」 『大丈夫。貴方は上手くやってけるし、この世界にも直ぐに慣れますよ……私もたまに貴方の元に行きましょう……』 「……本当か!?また会える?」 『ええ』 「……うん! 俺待ってるね、かーちゃん!」 『……愛称は嬉しいですが、なんだか締まりませんね……』 緩く笑うと、かーちゃんは段々透明になっていき、この場から消えた……。 俺は一瞬やはり夢かと思ったが、足の裏から伝わる大地の冷たさと、大気の流れを感じる身体、そして人の手にやはり現実なのだと思い直した。 さて、どうしようか……。 俺はそこである人物を思い出した。 さっき俺が"精"を貰った剣士の男だ。 彼に頼んで、街まで連れて行ってもらおう……。 そして、服を借りよう……服じゃなくても良い。それっぽいものを……布とか……。うんうん。 ……ふむ? そこで問題になってくるのは、俺のこの状況だな……。 なんてったって、"全裸"だぜ? 全裸!! 普通、疑ってくるよな!? 俺なら怪しむぜ……。 しかも、俺についての説明で、 "俺、元スライムなんだー。ついさっき、めでたく人になりました! だから、俺が何者か説明出来無いのは当たり前なんだ! あははは!" なんて、とてもじゃないが言えネェ!! …………よし、ここは……あれだ……そう、この設定だよ…… 『気が付いたら全裸で寝てて、記憶も名前以外思い出せない』 とりあえず、これを押し通す……! 聞かれたら、これ以外答えねぇ!! 俺からは何も言わん! 後は相手の想像に丸投げだ。もぉ、好きにして!!! さて、まだあそこに居るかな? そう思い、俺は大体の方向感覚で男の元に向かう事にした。

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