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第9話 大丈夫だよ。

……たまにあるんだよなぁ、こういう石が……。 所有すると事故にあったり、不幸になったり……。 この手の物はなるべく触れない方が良い……。 俺はペンダントの細い鎖を力任せに引きちぎった。 プラプラと揺れるトップを見る。 一見、なんでもない普通の黒い石なんだがな……。 そして俺はトロールのシチューが付いている匙にこのオブシディアンを置いた。 この匙に入れて運んで、あの泉に投げ捨てるつもりだ。 後は、"宝石達"だよな。 とりあえず宝石を捜す振りをして、ルツの隙を突いて隠し扉を発動させるか……。 何も思いつかないしなぁ……。しょうがないかな。 「ルツ、とりあえずそこら辺捜そうぜ?」 「そうだな……じゃぁ、俺はあっちの方見てくる」 「分かった」 そう言いあって、俺達は分かれたんだ。 そして俺は少し捜すフリをして、発動させた。 この石をどかすと…… ゴゴゴゴゴ…… ……早く開けー!!! うし、開いたぁ!!! 「ああ!? こんな所に隠し扉が! ルツー!! 何かあったぞー!」 そんな俺の胡散臭い呼びかけにルツは俺の元に来て、丁寧に隠し扉を確認していた。 すまない、ルツ……。 そして俺達は隠し扉の中の空間に足を踏み入れたんだ。 思ったよりも中は広く、男二人が入っても全然余裕だった。 まぁ、トロールの体格を考えればこの広さも窺えるかな。 結構綺麗に並べていたらしく、棚やケースが整然と並べられている様は意外に感じた。 そしてそこには凝った意匠の物から、原石をそのままにした物まで、多種多様に仕舞われていた。 ……俺が見た時より、増えてる……。 これだけの量を溜め込んでいたとは……。 それに付随して商隊の事を考えると、少しゾッとしてくる。 「じゃぁ、運ぶか」 「運ぶのはいいけど、どうするんだよ? 結構な量があるじゃないか……」 「まぁ、な」 そう言いながらルツは一枚の魔方陣が書かれた紙切れを取り出した。 「これは俺がギルドに間借りしている倉庫に直結してる魔方陣だ」 「え!?」 「だからさ、ここに一旦送って、係りの人に見てもらおう、って事。 今、ギルドにそれで良いか聞いてみるから、少し待っててくれ」 「え!!? あ、うん……」 俺の知らない事ばかりだ……。 そしてルツは別な魔方陣の書かれた紙を広げると、また別な紙に何かを書いて、今取り出した魔方陣の上で燃やした。 それから少しして、先程の魔方陣に何かが滲み出てきた。 どうやら文字らしいそれをルツは黙読していた。 「俺の提案で事を進めて良い、ってさ。さぁ、了承されたし、早速転送しようぜ」 にこやかに言うとルツは最初の魔方陣の上にケースを置いた。 すると、ゴポゴポとケースが沈んでいったではないか! 俺は本当に驚いた! だって、すげぇ便利じゃないか!! 仕組みは分からないけど、引越しとか凄く重宝しそうだ! その魔方陣は飲み込む大きさはあまり関係ないらしく、今のところ軽快に飲み込んでいる。 まぁ、その魔方陣の範囲内の大きさのものしかないからかもしれないが……。 そして俺達はトロールの隠し空間にある物を全てルツの倉庫に送り終わった。 そこで俺は自分が血だらけなのを思い出した。 うぇ……カピカピする……。 乾いた血がパラパラと俺の髪から落ちた。 「ルツ、帰る前に俺、この血洗い流したい……」 「ああ、分かった。そりゃそうだよな……泉に行こうぜ」 「あと、あの宝石は泉に沈める事にするよ」 「そうか……うん、そうだな、そうしよう」 シチューまみれの匙に入っているオブシディアンを持って、俺達は泉に向かった。 着いた泉は相変わらず静まり返っていた。 俺はとりあえず服を脱いで、全身を泉に沈めた。 服も洗わないとな。 泉は思ったより透明度があるみたいで、結構深くまで見れた。 水面に顔を出すと、ルツがズボンを膝まで折り返して、泉の浅い位置に立っていた。 「アサヒ、頭の血、洗い流してやるよ」 「本当? ありがとうなー」 その言葉に俺は素直にルツの元に行った。 ルツが俺の頭を洗い流してくれている間に、俺は服を洗う事にした。 まだ処置が早かったみたいで、血は思ったより簡単に落ちた。 一応、借り物だからね!これ!良かったー!! 「アサヒ……」 「ん? 何、ルツ?」 ルツは泉で俺の頭に上から水をかけながら話しかけてきた。 流れて落ちる雫は透明で、もう赤くは無い。 「……あんま無茶すんなよ……」 「………………うん、ごめんね?ルツのサポート、マジ助かったよ」 「……そうか……いや、そうじゃなくて…………」 ルツは俯いて俺を見てくる。 俺は見上げる形でルツを見ている。 髪が顔に張り付いて邪魔だったから俺は自分で髪を後ろに撫で付けて、ルツの頬に唇を寄せた。 軽く、二、三度その行為を繰り返す。 「俺は大丈夫だよ……」 「……ああ……」 ルツにそのまま抱きつけば、ルツも俺を抱き返してくれたけど、僅かに震えていた。 ……昔何かあったのかな? 本当、大概大丈夫なんだけどなー。俺、チートだからさぁ……。 「んじゃ、そろそろ行くかー」 俺はルツから離れると、例のオブシディアンの入っている匙に手を伸ばした。 「よし……!」 俺はルツが見守る中、思いっきり泉へと匙を投げた。 匙はクルクルと横回転して、洞窟の最奥の壁に"カツン!"と軽い音を響かせたかと思うと、オブシディアンと一緒にそのまま泉に落下していった。 タポン…… そんな少し重い音を二度響かせて、匙もあのオブシディアンも水底へ沈んでいった。 これで良いんだ。 「終わったよ、行こう?」 俺は軽くルツに声を掛けて笑った。 ルツは無言で頷き、俺達は荷物を持ってその場を後にした。 俺達は振り返らなかった。 外に出ると何となく昼過ぎな感じのする陽の光を感じる。 けど、俺、時間感覚狂っているからなぁ……。 そんな事を考えていたら、ルツが指笛を吹いた。 "ピ―――"という、甲高い音が鳴り響いたかと思うと、急に俺に大きな影が差した。 突然の事で俺は慌てて頭上を見上げると、そこに"居た"んだ……。 グリフォン……が! 俺はその獣の姿にあんぐりと口を間抜けに開けていたに違いない。 ルツがそんな俺を見て、短く笑ったのが聞こえてきたからだ。 「アサヒ、今からアレに乗って王都に帰るぜ?」 クイクイと親指をグリフォンを指す様に上下にルツは動かしてきた。 「マジで……!? すげぇ……!」 俺はただ感嘆の声を上げるしか出来なかった。 優雅に俺達の頭上を旋回していたグリフォンだったが、ルツの口笛で今度は地上に降りてきた。 地上に降りたグリフォンは「クークー」と甘えた声を出して、ルツに頬を寄せていた。 明らかに甘えている。こいつ、そうとうルツが好きだな。 やがてグリフォンが俺のほうを向くと、『お前、主人の何者だ!』と、俺の頭の中に鋭い声を響かせてきた。 俺はその声に驚いて、グリフォンを見て大きく口を開けて固まった。 え?今、俺、言葉理解出来てる??? 『……へぇ~……お前、魔獣使いか?大概俺の言葉なんて分からないんだけどな……』 「え? え?」 『声は出さなくて良いぜ? 思念で会話するんだ。話したい言葉を、俺を思い浮かべながら考えてみろよ』 混乱したが、俺は言われた通り、頭の中でグリフォンに話しかけてみた。 考えるな、感じろ……? って、違うか……。 『あの、始めまして……俺、アサヒって言います……。よろしく……』 『あン? ご挨拶からか?いいぜ、真面目な奴は好きさ。 俺は、レイってんだ。宜しくな、アサヒ。 で、主人との関係は?』 『あ、俺、そこの洞窟でルツに会って……記憶喪失なのを助けられて今から王都に……』 『……そうか。主人がなぁ……珍しいな。 まぁ、主人が納得してるなら別に良いぜ。お前は悪い奴じゃなさそうだしな』 俺とグリフォンが思念で会話していると、ルツが後方から声を掛けて来た。 「どうした、お前ら見詰め合って……。 アサヒ、俺のグリフォンのレイだ。今からコイツに乗って、王都に行くぜ?」 「……え!? あ、そうなのか……! 楽しみだ! 宜しく、レイ!」 「クークー(おーおー、改めてよろしくなー、アサヒ)」 「はは、"わかった"ってさ。んじゃ、荷物くくり終わったから、行こうぜ」 「ああ……」 絶妙に違うルツのレイに対する鳴き声の訳に俺は普通はこうかと思った。 どうやら俺は魔獣使いのデータも持っているみたいだ。 『安全運転で宜しく……おれ、初心者だから……』 『わぁーってる、任せとけよ! アサヒちゃん』 一応、レイに自己申告しておく……。 奴は軽く考えているようだけど、全然軽い問題じゃないですから! 「じゃぁ、王都へ戻るか! 色々早く済ませて、美味いもん食おうぜ!」 「……おう!」 ルツの呼びかけに俺は笑顔で返事をした。 そしてとりあえず、レイ、マジ安全運転でたのむぜ……! 俺、チートだけど色々初心者だから落ちたらさすがに死ぬと思うんだ……!! しかし、俺の心配を他所にレイはとても安定した飛行をして、とても快適に感じた。 まぁ、ルツを前にして、俺は後ろに座っている。 風を切って飛ぶ身体を撫でていく風に俺はふと、バイクを思い出した……。 ……はは、バイク事故死したのは昔の事さ!ははははは………………。 …………俺はそこでバイクの事を思い出すのを止めた。 ……そしていつの間にか眼前に大きな城壁に囲まれた建物郡が見えてきたんだ。 「アサヒ、あれが王都だ!」 そのルツの言葉に俺は胸が痛くなるくらいの高揚を感じた。

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