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第10話 二つの小さな影
泉にユラユラと黒い物が浮かんでいた。
それはやがて岸辺へと移動を開始し、そして"ザバ"と水音をたてて姿を現した。
「…………おもしろいじゃないか……」
姿を現したそれは、華奢な少年で、陶器のような滑らかな白い肌に漆黒の髪のコントラストがとても映えていた。
そして彼の大きな黒い瞳は暗く、光を宿してはいないように感じられた。
「……特にあの水色の髪の毛の人間、面白い波長をしてる……食べたいなぁ……どんな味がするんだろ?」
ポタポタと雫を滴らせ、彼は水色の髪の人間……アサヒを思い出していた。
着ている服がベッタリと彼に纏わり付いてるが、彼は気にせず歩き出した。
すると、服が勝手に乾き出し、やがて先程まで濡れていたとは全く分からない感じになっていた。
「あの水色に会いに行こうかなぁ……食べたい……お腹すいた……すいた……すいた……」
そうして少年は自身の薄い腹に手をやり、何度か撫でた。
「うん、あの水色の所に行こう……。
僕がせっかく躾けたトロールを殺してくれちゃって、お腹すいてる責任、どう取ってもらおうかなぁ……ふふ……」
そう言うと、彼は瞳を閉じて、両腕を開き静かにその場に立った。
どの位その格好でいたか分からないが、やがてそれを止め、瞳を開く。
「……ふぅん……王都に行ったの……。波長が残っているうちに早く移動しちゃおう……」
そう言うと彼は指を"パチリ"と鳴らした。
その合図で彼の身体は霧散し、一つの黒い雲の様な塊になると、"つつつ……"と移動を開始した。
それから暫くして少年が立ち去った泉を横切る者が現れた。
それは輝くような赤い髪の毛のとても可愛らしい少女だった。
彼女は柔らかな頬を期待に紅潮させ、先を急いでいる様だった。
そう、彼女の足が向かう先は、例のトロールの部屋。
彼女が彼の言っていた、『客』だった。
「お兄様、今日はどんな宝石を見せてくれるのかしら? 楽しみ……!」
そう、彼女はあのトロールの妹だった。
トロール族の女は美形なのだ。
「お兄様―――!!」
少女は満面の笑みでトロールの部屋へ入ってきた。
しかし、彼女を迎えたのは静寂だった。
いつもの兄の声がしない事に少女は不安になり、辺りを見回した。
するとそこには……
頭が半壊になってすでに息絶えているトロールが横たわっていた。
「お兄様!!?」
それが何なのか分かると、彼女は鋭く叫び、トロールに駆け寄った。
彼女は自分の兄に近づき、そっと肩に触れると、そこに顔を付け、わんわん泣き出した。
彼から流れ出た血が、彼女の服を赤く、黒く、じわりと染め上げた。
一通り泣き、半壊した兄の顔を見れば、左の耳たぶに自然石で作った耳飾が付いていた。
そして彼女は彼のその耳飾を外すと、それを額に付け、瞳を閉じた。
彼女の頭の中に、先程のアサヒ達の行動の映像が流れ込んできた。
そう、彼女は僅かだが石の記憶が映像として見れるのだ。
映像を見終わり、彼女は耳飾を握り締めた。
パキパキと乾いた音と共に、彼女の手の中で石は粉々になった……。
「……この、水色の髪の毛の男は絶対に、許さない……!!!
私がこの手で必ず殺してやる……!!!!!!」
そして彼女はその洞窟に住まうスライムを集め始めた。
その一匹一匹から、とある液体を鍋にナミナミになるまで採取すると、それに様々な物を混ぜ始めた。
「この特別製の錯淫効果の薬で、狂い死にさせてやる……!!!!」
そして彼女はくらい笑みを浮かべたのだった……
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