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第13話 君は勇者サマであるか! -2-
俺が不思議に思っていると、軽食屋の入り口に一人の冒険者が現れた。
誰かを捜しているのか、辺りを見渡している……。
そして辺りを見渡す度にユラユラと長い銀髪が揺れていて、室内の僅かな光でも綺麗に反射して……綺麗だなぁ。
んでも、この軽食屋には俺達以外も利用者が結構いるからな……。
しかしその人物は目的の奴が見つかったらしく、声を上げた。
……俺達に向かって。
「グリン! そろそろ出るぞ!」
「わかったー!」
おお?そうか、グリンフィートを捜していたのか……。
「途中で悪いんだけど、俺、これから出るんだ。
今回組んだ仲間とちょっと遠くの討伐で数日王都を出るから……皆、またな!」
そう言いながらグリンフィートは席から立ち上がり、自分の食事の代金を机に置くと彼を呼んだ人物の方へ駆けて行った。
それからしばらくしてハウルが用事があるからと俺達から去っていった。
ハウルは綺麗にあの山盛りのパイを全て平らげていた……。やるな。
そして今、軽食屋を後にした俺達はギルドの向かい側に建っている建物の前に居る。
建物の看板には『小熊の尻尾亭』と書かれていた。
チート能力で一応、読めるんだけど、書けるかは謎だな……。
「ここは俺とかもよく利用している宿屋で、長期滞在もさせてくれるんだ。
ちなみに食事処もあるから、便利だぞ」
そう言いながらルツはその建物に入っていく。
俺も後に従い、扉をくぐった。
「いらっしゃいませー!!」
扉をくぐると、一人の少女がトタトタと俺達に駆けて来た。5、6歳位かな?
その子は俺達の前まで来ると白いエプロンをヒラリとなびかせながらこんな事を言ってきたんだ。
「食事にしますか? 宿ですか? それとも、私に会いにきてくれましたかぁー!?」
「ネル、こんにちは。とりあえず宿だ。新しい客と、更新に来た」
「はーい、ルツさん! おとうさーん!! ルツさんが帰ってきたよー!!」
「あれはここの看板娘の"ネル"だ」
……ほう。 ネルちゃんとな。
で、誰だね!? あんな台詞を教えたのは! ……まぁ、いいけど。
そして俺達は彼女が駆けて行った方へ歩みを進めたんだ。
やがてカウンターが見えて、そこに一人、男が俺達に向けて笑顔で居たんだ。
「ヨハンさん、こんにちは」
「ああ、ルツ君……こんにちは。簡単な話は今、ネルが話して行ったよ」
「そうですか。じゃぁ、早速ですけど俺は長期滞在更新で……コイツは"アサヒ"ってんですけど、ここを紹介したんです」
「あ、どぉも……アサヒです……」
俺はとりあえず"ヨハン"と呼ばれた彼に挨拶をした。
「そっか。宜しくね、アサヒ君。
僕はここ、"小熊の尻尾亭"の主人でヨハンと言うんだ。
ところで君は普通に宿泊と長期滞在のどちらを選ぶのかな?」
「あ、出来れば長期で……」
サクサクと進められていくヨハンさんの会話内容に、俺は希望を短く伝えた。
「じゃぁ、アサヒ君は長期滞在の宿泊でいいんだね?
料金は『滞在日数x料金』と、『一括前払い』で払うタイプがあるけど、どちらが良いかな?」
「……一括前払いで」
「じゃぁ、料金は前払いで貰うよ。
それで、どのくらいウチを利用するかな? 一ヶ月単位で出来るよ」
「……自分でもよく決めてないんですけど……」
「じゃぁ、一ヶ月にしとこうか。
更新をしてもらえば続けて利用出来るから、大丈夫だよ。
じゃぁ、料金はこのくらい……」
「あの、俺……実は記憶喪失で……金の価値がいまいち分からないんだ……けど……」
「え!? そうなのかい!? ……じゃぁ、失礼して……」
そう言うと、ヨハンさんは俺が出した金貨から必要な分を数えて持っていった。
ルツはその流れを黙って見ていて、特に何も言わないって事は、ヨハンさんは当たり前の金額を持っていったんだろうと思う。
早く物の価値を学ぼう……。これでは買い物もままならない。周りが皆、良い人とは限らないからな!
「困った事があったら相談に乗るから、言ってね?
それとこれ、ウチの食事屋の割引チケット。良かったら利用してみて」
そんなやり取りの後、俺の手に部屋の鍵と割引チケットが渡された。
特に荷物が無い俺はルツが彼の部屋に荷物を置いてくる間、なんとなくあのネルを見ていた。
ちまちまと良く動く彼女は確かにここの看板娘だと感じた。あれは愛されキャラだな。うん、可愛いは正義だ。
「……アサヒ、待たせたな」
「いやー大丈夫。ちまい動物見て和んでたから」
「……ああ……」
ルツも思うところがあったのか、"ネル"と言わなくても何となく察してくれた様だ。
「アサヒ、欲しい物とか、行きたい所あるか?」
「……服屋! 俺、服が欲しい!」
俺はルツの言葉に思わず叫んでいた。
そして連れて行ってもらった服屋で俺は服を物色し始めたんだが……いやー、あらゆる服が……!
「俺はこれなんかが良いな……」
結局俺が選んだ服は、ベージュっぽいチュニックと白いフードの付いた裾が膝位まである袖なしの上着、下はゆったりした感じの白いズボンだ。
あとは革製のサンダル……。軽装が良いんだよ……。
そして他に似た様な物を数点と、他に必要だと思う物を購入した。
はぁ……買い物は体力が居るな……。
……って、今日は結構俺達動いてるよね!?
ああ……外も宵闇だ……。思えば遠くに来たもんだ……。
「……んじゃ、夕食は"小熊の尻尾"のメシ屋の方、"熊の左手"で食おうか?
実は予約しといた」
……メシ屋予約済み……。
やだールツさん、仕事速いー!
店に着いた俺達を迎えてくれたのは、ヨハンさんの奥さんのライラさんだった。
身重な身体でも颯爽を店内を行きかっている姿は何だか凛々しい……。"姐さん"とか言いたくなった……。
そして彼女は「まだまだ料理持ってくるから、どうぞごゆっくり!」と俺達に言い残して去って行った。
それから少ししてまず出てきたのは、ジャンバラヤに似た食べ物だった。
「うぉ、ルツ、これはヤバイ……。癖になる味わいだ……!!」
俺はその料理の味にベアクローを食らった気分になった! "ベアクロー"はあくまで想像だが!!
香辛料や肉の絶妙なハーモニー! 途中で半熟卵を掛けて、別な味も楽しむ……。うめぇ……。
「言っただろ、"美味いもん食おうぜ"って」
そう言ってルツは店内の明かりをバックに笑ったんだ。
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