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第16話 王都ぐるり旅 -2-

「やぁいらっしゃい。少し待っていてくれるかな? この計算式が上手くいくかで私の研究が少し進むんだ」 ……早口だな! 一気にしゃべっているのか!? そんな女性の声がした方へ俺は視線を向けた。 そこには、床に座った一人の白衣の女性がペンで一心に床に何かを書き込んでいた。 良く見ると、床や彼女の手の届く範囲の壁一面に計算式やら呪術的な文字や魔方陣、文章がそれこそ隙間無く書かれていた。 とりあえず俺達はその場で立って待つことにした。 俺は部屋を見回したけど、机、椅子、棚等、特に目立った物は無く、結構シンプルな感じだった。 「……この前は"ウサギガエル"を大量に召喚しちゃってさ、本当に大変だったんだ……半スプラッタで……おえー」 「私は諦めてないよ。更に遠くの生態をここに召喚するんだ。それには超次元転移魔法を早く完成させねばならんのだよ分かるかね君達」 レンネルの言葉に反応して彼女は喋り出した。 ……少なくとも、彼女の頭の中身は俺の次元を超えているみたいだ。 「物体転移はなかなか順調に機能しているんだがな……」 あ。それって、ルツが使っていたやつかな? 「幾重の次元を越す生体転移はやはり組成組織圧縮と現状維持構成の同時再現に問題があるか……神の領域だと言うのか私の研究は。 生涯をかけても完成するか分からんのは面白い様な残念な様な……ははは……」 せんせー、もどってきてー! 目が遠くを見すぎです! そして再び床に張り付き、一心に何かを書き始めている。 俺にはさっぱり分からないから、とりあえず黙って立っている。 「あああああああッ! 駄目だ! これでは駄目だ! くぅうう……! "全消"!!」 やがて突然彼女がそう叫ぶと、床や壁一面に書かれた計算式や文字が一瞬にして綺麗に消えた……。 ……どういう仕組みに……。 「まったくまた一からだよ……」 そうぼやくと、彼女は持っていたペンを白衣の胸ポケットに挿し、俺達の方にやってきた。 目の前に来た彼女は眼鏡をかけたスラリとした細身の女性だった。 「おまたせ。何をお求めで?」 「"空間魔法符"が欲しいんだ」 「それで空間魔法符のサイズはどのくらいにするかね? S・M・L・XLが今のところすぐ用意出来るよ」 「サイズ?」 「今言った以上の物も用意出来るが時間が掛かるよ。一番利用されているのは"M"サイズかな?」 「あ……じゃぁ、"M"で」 「分かった。直ぐ用意しよう。使い方は説明書が入っているから良く読んで安全に使ってくれ」 そこまで一気に決めてから、彼女は俺の顔をマジマジと見始めたんだ。 眼鏡の奥の瞳が興味深そうに俺に注目している。 「……君は初めて見るな……。私はリリサ。次元転移魔法を研究している宜しく」 「あ、俺はアサヒって言います……」 「アサヒか」 俺が自己紹介をすると、ブツブツ呟いて俺の名前を覚えている様だった。 そして棚から商品を取り出して再び俺達の前にリリサ先生は戻ってきた。 「会計は銀貨1枚だよ」 いざ会計になった時、俺の左手からギルドの魔方陣が現れたんだ。 おお!? こういう風に出てくるのか! 僅かにチリチリとした違和感があるなぁ……。 「おや君は王都ギルドの登録者か……なら割り引いとくよ。あそこは私の研究を手伝ってくれているんでね」 そう言いながら俺から銀貨を受け取ると、割り引いた分を俺の手に戻してくれた。 「レンネルも買ってくか? ダンジョンとかで消費したんじゃないのか」 「いや、俺は今回は良いや。まだ前回のが余っているから……」 へぇ……レンネルも使う事があるのか。 そりゃ、これを知っているくらいだもんな。 リリサ先生の所を後にして、俺はレンネルに冒険者なのか聞いてみた。 「俺も王都のギルドに登録してるんだ。一応、シーフとしてね」 「え!? じゃぁ、何であんな……」 「……練習だよ。色々器用じゃないといけないからね。盗ってまた戻すんだ"危険ですよ"ってメッセージ付けてさ。 これでも俺、上手いんだぜ? 俺をやる前に捕まえたのはアサヒが3人目だよ……」 覗き込む様に俺をレンネルは見てきた。 そしてそんな彼の手にはメッセージ付きのカードがヒラヒラと揺れていた。 しっかし、俺の他に2人いたのか……。 そしてレンネルはシーフか。だからナイフとか見てたんだな……。 「ね、アサヒのギルド担当は誰?」 「ロイさんだよ」 「え!? あの人なの!?」 「……? どういう意味……?」 「ロイさんは、あそこのギルドの責任者……つまり一番偉い人だよ!」(しかも問題児担当!) 「えッ!!? ……ルツに紹介されて……そうだったのか……」 「は!? ルツさん!?」 「何だよ、今度は……」 「ルツさんは王都ギルドのトップクラスの冒険者! ……ロイさん担当の……さ!」 やはりルツは強かったのか……。 「あ、あれ! あそこに建っている王立図書館は便利だよ。あとはギルドの隣りの薬屋はオススメさ」 レンネルは歩きながら説明してくれる。 レンネルが俺に教えてくれた王立図書館を見ると、何とも立派な建物が建っていた。少し箱のような印象を受ける。 この世界の事を知るには便利そうだな。一応、文字は読めるし。 「へぇ……」 「他は……森と合体している植物公園とか、他にも色んな施設があるよ。後は知りたいトコとかある?」 「後はそうだなー……洗濯物……クリーニング屋ってある?」 「あるよ?」 「マジで?ちょっとクリーニングしたいものが……。よし、宿に一旦戻ろう! ……って、ここから"小熊の尻尾亭"にはどう行けばいいんだ……?!」 「大丈夫、俺は分かるから」 そして小さく笑うとレンネルは俺の手を引いて宿まで戻ってくれた。 「俺、ここに宿とってんだ。たまに遊びに来いよ」 「うん、機会があればね」 そんな他愛無い会話をしつつ、俺は部屋まで手を繋ぎながら行った。 そして俺は一旦部屋に入って、ルツに借りた服を掴むと部屋の外に待たせているレンネルの元に急いで戻った。 俺が戻ってきたのを見て、レンネルは「じゃ、クリーニング屋に行こうか」と手を差し出してきた。 まぁ、俺は彼の手を握り返して、そのまま歩き出した。 何だかだんだん手を繋ぐのも慣れてきた。 連れて行かれたクリーニング屋に入ると、ぽやぽやっとした少年が店番をしていた。 「ユーク!」 「あ、レンネルいらっしゃいそれと……」 「あ、こっちは"アサヒ"っての」 「ああ、そうなんですか。初めましてアサヒさん、僕はユークと言います」 「宜しく、ユーク」 ああ……何この癒し系……。 そんな彼にクリーニングを頼むと明日には出来るそうだ。 便利だな。今後も利用しよう。 クリーニング屋から外に出ると、空がオレンジに染まってきていた。 ……もうそんな時間なのか……。 「アサヒ、俺そろそろ……」 「……うん、分かった」 レンネルの少し遠慮がちに聞こえる声に返答しながら、俺は彼と約束した金貨2枚をレンネルの手に握らせた。 レンネルは俺の顔を"ハッ"とした表情で見てきた。もしかしてバイト代、忘れてた? 「はい、約束の。今日はありがとうな」 「……うん、ありがとう。……アサヒ、ここから宿までの道、大丈夫なの?」 「んーどうだろ? 適当に帰るよ」 「……途中まで送ってく」 そう言ってレンネルは俺の手を強く握って歩き出したんだ。 「……アサヒ、もうあそこを右に曲がると宿だよ」 「そっか! レンネル、今日は楽しかった。ありがとな!」 俺はそう言ってレンネルを引き寄せ、抱きついた。 驚いたせいか、レンネルの猫の尻尾が"ぼわっ"と膨らんだ。 悪いけど、少し面白くて俺はレンネルの耳元で「ふふ……」と小さく笑ってしまった。 俺の笑い声で硬直がとれたのかレンネルが、スルリと俺の腕の拘束から抜け出た。 「こ、ここまで来れば大丈夫だろ!?」 「うん、"あそこを右に曲がる"だね」 真っ赤な顔で俺の返答に頷くと、レンネルは「俺はここで帰るから!」と言い残して駆け出した。 俺はそんな彼の背中に声を掛けた。 「レンネル、またなー!」 「……し、しらねーよ! …………ま、またね……」 最後に小さく言葉を添えて去っていったレンネルは多分、照れたんだなー。可愛いじゃねぇか! いやー、レンネルと出会えたし色々行けたし今日は良い日だったな。 俺は宿に帰る前に、レンネルが教えてくれた薬屋に行ってみた。 でも、残念。……今日はお休みらしい。 また覗いてみるか。 そして俺はそのまま宿へ踵を返した。

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