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第28話 赤い炎と二つの黒き影の来訪 -2-

俺の質問に彼女は不機嫌そうに目を細めると、俺に対して答えてきた。 だって、あの場に居なかったじゃないか……! それなのに、どうして俺だって分るんだよ……!? 「……それはね、私が"石の記憶"を少し視れる者だからよ。 お兄様の耳飾に貴方が映っていたわ……だからよ。まぁ、他にも能力はあるけど……」 「………………」 なるほど……そういう訳だったのか……。 ……良い能力じゃないか……。 「……さぁ、答えたわよ?今度はアサヒが私の質問に答えて頂戴。 "貴方、何故私のお兄様を殺したの?"」 そこでメルリーナは先程と同じ質問を俺にしてきた……。 彼女は知らないんだな……。……兄の罪を。 「……お前の兄貴は人を殺して宝石を手に入れてたんだ……」 「……!?」 「……だから、ギルドに"トロール討伐"の依頼が来たんだ……。 ……私欲の為に、お前の兄貴は人を殺して宝石類を奪う行為を繰り返していたんだ……!」 いくら多少アビの誘惑の指示があったとしても、人を殺した事実は変わらない。 トロールは最初から欲望の虜だったんだ。 "欲望"があったから、"誘惑"に堕ちたんだ。 新しい物を求めて、何度も、何度も……欲望と誘惑に堕ちたんだ。 「…………メルリーナ、お前が兄貴を殺した俺を恨むのは分かる……。……でも、お前がこうするのは良くない……」 「……だ、だから、何よ!? 貴方だって、私の兄を殺したじゃない! 偽善だわ!!」 ……そう俺に言い放ち、彼女は瞳に涙を湛えた。 …………それはそうだ。行きがかりとはいえ、俺はトロールを殺した。 俺の正義と、彼女の正義はやはり平行線のままだ……。 「……今からアンタを二発殴るわ」 俺が俯いて思案している内に、彼女の中で何かが決まった様だ。 ……もしくは、最初から決めていたのか……。 「……?」 「一発目はお兄様を殺した事に対して。二発目は、私の怒りよ……覚悟なさい……!」 ……この少女の細腕で俺を殴ると? 「立たせて」 短い彼女の指示に従い、スライム人間は俺を立たせた。 ……とりあえず状況に従って動いている俺だけど、意外とこのスライム人間……力があるんだよな。 こいつ等、適当な人間を取り込んで身体の表面をトレースした訳じゃなさそうだ……。 あと、さっきから身体が……痺れてきて……上手く力が入らなくなってきたんだ……。 ……もしかして、さっきの液体が……? ……まぁ、急にあんな飲み方させられて、何も無い訳無いかもしれないけどな…… 「……ぐぁあッ……!!?」 そんな事を考えていたら、俺の左頬に重い一撃が来た。 右に頭が傾いていく瞬間、視線を向ければそこにはメルリーナが右の拳を突き出す形で立っていた。 ……この力はメルリーナが俺を殴った衝撃だと、そういう事なのか!? どこからこんな力が…… 「ぐっほあッ……!!!?」 今度は右頬に追撃が来て、逆側に頭が振られた。 目の前の景色が全て消えて、白くなり、チカチカとオレンジと黄色のスパークの後、再びゆっくりと俺の視界は景色を取り戻した……。 全て一瞬の出来事だ……。 「……トロール族の私をあまりなめない事ね……!」 ―……パタ……パタタタ…… ……やや遅れて衝撃で口角から血が出て、地面に数滴落ちた。 ……これは絶対、腫れるな……。 凄い力だ……。見た目からは判断出来ない怪力の持ち主だ。 ……とりあえず自分の内側から治癒魔法をかけておくか……。 こうした状況自分自身に使うとは……自分のダメージを自分で治す状態だから、効き目は少し薄そうだな……。 ……それにしてもさっきより痺れの範囲が広まってきている様な……。 俺の機能がダウンしていく様な変な感覚がつきまとって来る。 「……さて、そろそろかしら?」 そう言って、メルリーナは俺の手を握ってきた。 さっき俺を殴ったとは思えない、細く、柔らかい感触に俺は驚いた。 そして、それとは別な、身体の奥を撫でられる感覚が走った。 「……ぁ?」 「どう?何か変った?」 俺の一瞬の変化を見逃さず、メルリーナは更に手を"ギュウ"と握ってきた。 さっきの撫でられる感覚が俺の中に強く広がってきた。 そしてメルリーナは、どこか楽しげに瞳を輝かせてそんな俺を見てくる。 「ひ……ぁ……!?」 「あら? 随分な声をあげるのね……」 俺の顎を掴み、自身に向かせながらメルリーナは俺を見てきた。 その目は完全に笑っていた。俺の変化を楽しんでいるのだ。 そんな俺はと言うと、段々と撫でられる感覚が増していくのと同時に、自分の息も荒く上がってきた。 …………この感覚は………………。 「な、なん、……何だよ……この感じ……? ……ぅ……うう……?」 「ああ、貴方に飲ませたさっきの液体が効いて来たのよ」 「……?」 少し霞がかかってきた頭にメルリーナの声が響く。 俺の体内には一万人のデータは有るものの、効くものはとりえず効くらしい……。 こう……何ていうんだ?まぁ、簡単に言うと、"無敵の身体!"はしていない様だ。 そしてやはり、さっきの凄く不味い液体が関係していた。 「くすくす……その液体はね、あの洞窟に居たスライム達で作った媚薬なの。しかも、他にも色々混ぜといたから、効き目抜群よ!」 「な……!?」 そう叫ぶと、メルリーナは面白そうに俺の目の前で笑い声を上げた。実に愉快そうだ……。 こ、これは完全に悪役モードだ! ひとしきり笑い終えると、メルリーナは先程までの笑顔を完全に消し無表情だが眼光鋭く俺を見てきた。 俺は相変わらず左右をスライム人間に捕まえられている。 ……やばい……。 そしてメルリーナは右の人差し指で"ツ……"と俺の顎のラインをなぞると、瞳に笑みを浮かべた。 それから彼女の口が動く。まるでスローモーションの様だ。 俺はその発せられる言葉を、どこか切り離された空間で聞いている様な妙なクリアさに心臓が一瞬大きく跳ねた気がした。 「じゃぁ、スライム人間にでもヤラれちゃいなさいよ……!」 そして、俺は彼女のその言葉に心臓に鈍痛を感じた。 そんな彼女の言葉の後、スライム人間がゆっくりと俺の目の前に半透明の触手を伸ばしてきた。 その冷やりとした触手に、俺は意識をここに戻した。 良く見ると、触手……スライムにも個体差があるのか、一本は雪の様な白い異物が混ざっており、別な奴は黒いものが散る様に混ざっていた。 おっと……そんな観察をしている場合じゃない……! 「マジかよ……」 「この男、ヤリ殺していいから。たっぷりとまた媚薬を注ぎ込んでヤると良いわ」 俺を悠然と見下ろしながら、メルリーナは言い放った。 うぇ……悪役の顔をしている……! だから、美形がそんな顔をすると怖いんだって!! そしてそう言うとメルリーナは俺達から離れ、先程"石"へと変化させたアビを取り出すと、月光の元それを見だした。 その彼女の表情を見て、俺は一瞬あのトロールの事を思い出した……。 ―……やはり兄妹だ……。 そんなメルリーナは今度はハンカチを取り出し、石を磨き始めている。 そこには先程の蜘蛛の様な糸は無く、黒い石の表面が月光を僅かに反射していた……。

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