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第33話 残された者達

……その場に残った先程まで"石"だった少年を、メルリーナは未だ"信じられない"と言った表情で凝視していた。 「わ、私の術を破るなんて……」 「……そんなの、単純に僕の方が"力"が上、って事だろ?」 未だ尻餅をついたままのメルリーナに、アビはやや前かがみになりながら言葉を発した。 メルリーナは自分に挑戦的に言葉を発してきたアビを悔しげに見上げた。 一方アビは自分を見上げるメルリーナを、無言で見下ろしている。そこに表情は無く、ただ静かに黒い瞳はメルリーナを映している。 二人の間に流れている妙なせめぎ合う威圧感に二人のスライム人間は身を寄せ合い、フルフルと震え始めた。 そしてアビはメルリーナから視線をスライム人間に移してきた。 漆黒の大きな瞳が二人を捉える。 「さ、まずはそこのスライム人間達はスライムに戻ってもらおうか? ……僕は精神攻撃が得意なんだよ……!」 子供の姿なのに纏う気迫がそれと感じさせないアビの様に、スライム人間の二人は早くも戦意喪失した。 基本能力はスライムなのである。ある意味弱々なのである。 「……君達には気を失うくらいのものをあげる……」 「「!!!」」 しかし、そこで一歩前に出たアビの反対の足をメルリーナは掴み、持ち上げてそのまま投げた。 その行為は体重を感じさせないアビの華奢な身体を一気に空中に投げ、後方へと飛ばした。 しかし、そこで彼は悲鳴など上げずに投げられた先で一回転すると、一瞬で黒い霧に霧散し、ゆっくりと地面に足先から霧を集中させて再び姿を現した。 そして何事も無再び現くれたアビの姿を目にし、メルリーナは歯噛みをした。 そこに静かに立つアビの姿は余裕が感じられ、メルリーナは彼に腹が立ってきた。 「危ないなぁ」 「嘘! 全然危なくないじゃない!」 「……あれはあれで結構疲れるんだよ? 何も消費しない訳じゃないんだけど?」 鋭く叫んできたメルリーナに、少し小首を傾げてアビは彼女に言葉を掛けた。 「……ま、消費したモノの貰い方は色々あるけど……」 「?」 そして更に小声で言葉を続けた彼の台詞は、メルリーナには届かずその場で消えた。 「ま、いいや。今はそういう事を言い合っている場合じゃないよね?」 笑顔を作り、アビは両手を広げ、口の中で何かを呟き始めた。 するとアビの両手から黒い靄が湧き出始め、辺りの温度が吸われて行く様に冷たくなって来た。 しかしスライムの二人はそんな周りの温度の変化など関係なく、先程よりも身体をガタガタと言うよりもプルプルと寄り添って震えていた。 そしてツルリとした単調な顔面構造をしているはずなのだが、不思議と感情が手に取るように分かった。 そこには"恐怖"の表情が浮かび上がっている様だ。 「コポー! (お、お助けー!)」 「ココポポポ――!! (堪忍して下さい――!!)」 やがて急にそんな事を叫び、ローブを中途半端にはためかせながら、スライム達はアビとメルリーナの前から一目散に逃げ出した。 つんのめりながらも逃げていく彼らの様に、メルリーナは声が出ずに、ただ口をあんぐりと開けて見送ってしまっていた。 そんな彼女をチラリと横目で見ながらアビは両手から出していた黒い靄を消し、一旦瞳を閉じてから再びメルリーナを見た。 「……どこかに逃げちゃったね……」 どこか労わる様なアビの声色に、メルリーナは眉を吊り上げながら瞳に涙が湧き出し始めた。 そして強がっている彼女の意に反して、"ツツツ……"と湧き出た涙はメルリーナの頬を下へと伝う。 顎の先からポタリポタリと肌や服、地面に存在を僅かに残し、速度を上げてそれは次々と出現しては流れて行く。 その様をアビは静かに見ていた。それは掛ける言葉が見つからないせいもあった。 そしてやがてメルリーナは低く唸り始めたかと思うと、急に大声を上げて泣き出した。 「……う……うわぁぁぁああぁぁぁぁぁあああんんん!!!!! 台無し! 全部台無しだわ!!!」 先程のアビの小声とは対照的に大声で泣き叫びながら、メルリーナは地面に突っ伏した。 悔しさの為か、握られた右手が白んでいる。 そんな彼女を見ながら、アビは考え始めた。 その間にもメルリーナの泣き叫ぶ声は止まず、彼女を中心に声が辺りに響渡っていた。 彼はそんなメルリーナを見続けながら、瞳を閉じたり、彼女を見たりを何度か繰り返していた。 そしてアビはやがて何かを思いついたのか、メルリーナの隣りにしゃがみ、彼女の燃える様な赤い髪を優しく撫で付けながら話しかけ始めた。 自分の髪の撫でられている感触に、メルリーナは一瞬身体をビクつかせたが、とりあえず動かずに居た。 そんな彼女の態度にアビはどこか安心しながら、上から言葉を掛け始めた。 「……しょうがないなぁ……僕の記憶の中にある、君の兄さんの記憶を分けてあげる……。だから、もうそんな風に泣かないで……」 「…………?」 彼の言葉にメルリーナは顔を上げ、泣き腫らした瞳を向けた。 「良いかい?じっとしてるんだよ」 そう言葉を掛け、アビは顔を上げ不思議がるメルリーナの後ろに立ち、その泣き腫らした瞳を手でそれぞれ覆った。 簡易的な暗闇がアビによって作られ、メルリーナは自然と瞳を閉じた。 そしてそのメルリーナの瞼の裏に、映像が映し出されてきたのである。 それは徐々に陰影をつけ、姿を現してきた。 それは宝石を手入れしているトロールの手の映像がであった。 両方の掌が、宝石を掴み、磨き、置く、その単純な動作の繰り返しの映像だった。 「ああ、お兄様の手……!」 その映像のトロールの手に、メルリーナは思わず声を上げた。 覆っているアビの両手に温かいものが感じられた。 メルリーナは今度は声無くただ、涙をそのまま流していた。 アビは自分の手に涙が滲みこんで行くのが分かったが、あえてそのままに彼女の瞳を覆い続けた。 「……はい、お終いだよ」 やがて彼女の瞳をどの位覆っていたのか分からないが、アビはそう言葉を発するとメルリーナから覆っていた手を避けた。 暗闇から、再び現実の薄明かりに戻されたメルリーナはゆっくりと瞳を開いた。 ゆっくりと、彼女の瞳に今度は現実の風景が映し出されていく。 「夢から、覚めた様……疲れた……」 そして彼女のどこか遠くを見ている様な、呆けた視線の先を辿ってみてもそこには暗い森しかなかった。 「……アサヒの事も、疲れた。お兄様のした事……残された人やアサヒがした事……私がした事……どれが正しいんだろう……? もう、疲れたわ……」 コテン、と頭を力なく横に倒し、メルリーナは再び瞳を閉じた。 瞳を閉じた先は暗闇だが、彼女の脳裏に先程の手の映像がぼんやりと映し出されていた。 浮かんでは、消えかけ、そして再び輪郭を描く。そんな作業をメルリーナは瞳を閉じて行っていた。 「それに……私、私……もう、一人……誰も居ない……お兄様は死んで、あのスライム達だってどこかに行ってしまったわ……」 「……僕が居るよ。ねぇ……僕は誰かと居たいから、君と一緒に居たいけど……君は僕が要るかい?」 彼のそんな言葉にキョトンとした丸い瞳でメルリーナはアビを見た。 それがとても幼く見える彼女の顔立ちに、アビはゆるく笑った。 「……君を助けてあげたいんだ。……結局僕が一番君を悲しませる原因を作ったと思うから……」 「…………貴方が? ……私を? ……じゃぁ、その代償は……?」 「……僕を大事にして。君のお兄さんみたいに、手入れしてくれれば僕は長持ちするよ」 言い終わるとアビはメルリーナの眼を見た。 猜疑心と、好奇心が合わさった様な彼女の瞳は、それでも不安に揺れていた。 アビもそれ以上は言葉を紡ぐのを止め、静かにメルリーナを見ていた。 「………………」 「………………」 無言の時が二人の間に広がったが、やがてメルリーナの唇が動き出した。 「……分った…………わ」 小声で答えると、メルリーナは少し微笑んだ。 まだぎこちなさの残る表情だが、メルリーナはアビへ笑顔を作ったのだ。 そんな彼女からの微笑みに、アビも口角を上げた。 「じゃ、ヨロシク」 短い言葉と共に目の前に差し出されたアビの白い手を、メルリーナは一度彼の顔を見て再び手に視線を戻した。 差し出されている、この手を取る事をメルリーナは少しためらった。 自分の感情が未だ整理がつかない状態だからだ。 しかし、先程言った自分の了承した言葉に嘘は無いのだと再度頭の中で彼女は確認した。 ―……そしてメルリーナはアビの手を取った。 「宜しく……」 やがて遠くから空が白み始め、暗い森に陽が差し込み始めて来た。 そんな薄明かりの中、二人は手を取り合ったのだった。

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