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第35話 ゆらゆらと漂って -2-
……―……ふ……あれから俺は言われた通り全部飲んだ! 時間が掛かったけど……な……!
「ん!」
飲み終えたコップをハウルの前に差し出して、自動的に中身が無いのを確認させた。どーよ?
「飲み終えましたね……じゃ、もう大丈夫だと思います。お疲れ様でした」
「ううううう……」
ハウルの言葉を聴きながら、彼にコップを返す。
それからハウルは返したコップを持って俺に背を向けた。
察するに、コップを流しに持って行くのだろう。
この宿は長期滞在者の部屋には簡易的なキッチンみたいなのが付いているのだ。
ハウルの行動を目で追う。
追いながら、俺は唇の端に残っていた薬湯を舌で軽く舐め取った。
そしてある事を思いついたんだ。
「……ハウル……」
「はい、何ですか?」
俺は振り向いてきたハウルの胸倉を掴んで、引き寄せた。
突然の俺の行動にハウルはついて来れなかったらしく、自然に前かがみになった。
「ん……」
「は、ん……」
唇を合わせて、緩く開かれている口内に少し舌を這わせ絡め、軽く下唇を最後に舐めた。
そして瞳を開ければ、驚いたハウルの瞳が間近かにあった。
そこで俺は質問してみた。何をか、って? それはさ……
「……苦い……?」
「……苦い……ちょっと痺れそうです……」
……どうよ? あの薬湯の苦さが少しは分かってくれたか!
ハウルは俺にそんな感想を述べると、再び部屋を出て行った。
今度はどうしたんだ?
それから暫くして足音が近づいてきた。
足音の主はハウルであり、手には透明な小瓶が持たれていた。
そして俺の前でその小瓶を開けると、中から包装紙に包まれた、何かちんまりとした物を俺にくれた。
少し甘い香りが辺りに漂ってくる。
「……じゃ、これあげますよ。アメです」
「アメ?」
「ええ、これでその苦さも消えると思いますよ」
「んじゃ、早速……」
俺にそんな事を言いながらハウルはアメをくれた……何だか口角が僅かに上がっている気がするんだけど?
むぅ……。何となく子ども扱いされた気がしてくる。ま、貰ったアメは甘くて美味いけどさ!
そう言えば、ハウルは甘いものが好きだったな。この前のパイの時といい、お菓子が好きなのかもな。
「……ところで何であんな所に居たんだよ?」
「…………朝の散歩、ですよ」
……今、"間"が無かったか?少し不自然さを感じたけど?
俺はふと思い出した事をそのまま口にしてみた。
「へぇ? 散歩するんだ?」
「主に"馬"の、ですよ」
そうかそうか。確かにハウルは馬に乗っていたな。
ならさ、ハウルの馬ともしゃべれるかな?
あ、ほらさ、魔獣使いのスキルでルツのグリフォンの"レイ"ともしゃべれた訳だし、期待しちゃうな。
ハウルの馬はどんな性格なのかな?
「……どうしたんですか、そんな笑顔で……。アメが気に入りましたか?」
「べ、別にアメの事で笑っていたわけじゃないけど……!」
「そうなんですか?」
「そうだよ! あ、でも、このアメは美味しいよ、ハウルありがとなー」
「それは良かったです」
そう言いながらハウルは俺の左手を掴み、その平に数個アメを置いて「なら、お土産です」と少し笑いながらアメをくれた。
俺は「ありがと」と短くお礼の言葉を伝えて、乗せられたアメを受け取った。
相変わらず甘い香りが辺りに漂っている。
「……じゃ、俺、自分の部屋に帰るわ。ハウルも予定とか有るだろ? 悪かったな……それに色々ありがとな」
「……まぁ、予定は……別に大丈夫です」
「そうか?」
「はい」
「そっかぁ……なら良かったけど……。じゃ、ハウル、またな」
「はい、アサヒさん、また」
そして俺はハウルとは別れてとりあえず自分の部屋に帰ることにした。
俺の部屋はハウルの部屋が有る階とは違うからな。
そうそう、この"小熊の尻尾亭"はこの"宿"の部分が大分大きいんだ。
でもそんなに人は雇っていないみたいで、宿の従業員関係の人は少ない気がする……。
まぁ、基本どうやら長期滞在な冒険者相手で、しかも自分のサイクルで動いている様だから、ここはまるで"アパート"みたいな感覚だ。
宿なのに、軽い集合住宅だな、ここは。
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