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第36話 ゆらゆらと漂って -3-
そしてハウルと別れて自分にあてがわれている部屋に帰ってきた俺は、何となく前世の人だった癖で「ただいま」と声を発していた。
―……当然だが、帰ってくる言葉は無い。
……ま、有ったら逆に怖いよな?
そんな分かりきった事なのに、部屋の静寂に妙な寂しさを……覚えた。
……アビ、どうしたかな……。
一人になるとあの別れを鮮明に思い出す……。
「……まいったな……」
片手で顔を軽く覆って俺はその場に立ち尽くしてしまった……。
一歩踏み出すだけなのに、前にも後ろにもどこにも動けないんだ……。
急に湧き起こった緩やかな、この感情の波に溺れそうだ。
平面なはずの俺の感情に落とされたアビの記憶から出来た波紋に、心が揺らぐ。
「……感情、ねぇ……」
無いわけじゃないんだよな……当たり前かもしれないけど……。
……一人で居たくない……な。
……そうだ。リンデルの所に行って語学を教えてもらおう!
俺は少しの間、瞳を閉じて気持ちの切り替えをはかった。
何となく、リンデルの姿を思い描く。
―……うん、大丈夫……。
スライムだった時とは違い、横の繋がりが増えた事にまだ慣れてないのかもなぁ。
スライムだった時は単独行動だったからさ。
仲間意識とか、皆無だったし。
「……さて、準備して出かけますかぁ」
自分で発した言葉に勢いを付けて、俺は動き出した。
うん、大丈夫。なんとも無い。
何、簡単だ。風呂に入って、服装を整えるだけだ。そんなに掛からないだろう。
シャワーは熱めが良いかな。
ハウルから貰ったアメは机の上にでも置いておくか……。
俺は他愛無い思考をわざと乱立させながら行動を開始した。
真新しい服の袖を通す。
良し、これで準備は完了だ。
「リンデル居るかな~……」
窓から見えるリンデルの店の方に視線をやりながら思わず独り言を呟いた。
……ちょうど中から冒険者風の人が出てきた。
どうやら店は開いている様だ。……って事はリンデルが居る可能性が高い、って事だよな?
じゃ、行きますか。
部屋を出る最後の段階で、俺は振り返り部屋をぐるりと軽く確認した。
まぁ……備え付けの物と俺の私物が混在しているだけなのだが……。一応、な。
「………………」
そして俺は部屋を出る時、わざと窓の鍵は閉めなかった。
アビが、そこを利用するかと思ったからだ。
ま、"霧"になって適当な隙間からこの部屋に侵入出来るんだけど、これは俺の気休めだ。
でも、本当に気休めにならなければ良いと……どこかで期待している自分がいる。
「……………………」
それから俺は部屋を出る時、そのまま無言で出た。
―……そんな俺に返ってきた音は、ドアが閉まった音だけだった……。
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