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第37話 僕に世界を教えて -1-
「リンデルー、来たよー? 今良いかな?」
ドアの鈴の音を頭上に聞きながら、俺はリンデルの店のドアを開けた。
少し店内の薬草めいた空気と、外気の間に立ち、俺は店内に目的の人物が居るか確認した。
目的の人物……リンデルはゆっくりとした動作で薬草の入った小袋を机の上に並べているところだった。
そして俺の呼び掛けにリンデルは並べていた袋から、顔を俺の方へ向けてくれた。
「ああ、アサヒ。良いですよ」
「じゃ、早速お願いしまっす!」
リンデルのゆったりとした笑顔を確認ながら、俺は彼の元へと歩みを進めた。
そしてそのまま店内の奥に置いてあるテーブルと椅子へと移動する。
テーブルの上には数冊の本と、紙とインクとペンが置いてあった。
そっかぁ。リンデルは俺の為にこうして用意をしていてくれたのか。
「さ、そこに座って」
「おう」
リンデルの指示を受け、俺は指定された椅子に腰を下ろした。
俺の対面にリンデルが座り、横の紙を一枚取ると俺の前に置いた。
「じゃ、この紙にアサヒが知っている文字とか言葉を書いてみて」
「分かった!」
そこで俺は言われた通りペンを動かして自分が"書ける文字や言葉"を書いた。
……でも、書くのは良いけどさ、多過ぎても何か変だろ?
俺の中には一万人のデータがある訳だから、分類分けしてもそれなりの数になるんだよ。
だからさ、適当に三言語位に留めておく。
これが広域で共通かは正直分からないけど、何となく良く目にしてた気がするし……結局適当だったりするんだけど。
「出来たよ」
「うん? 早いね……じゃ、見せて」
リンデルは俺にそんな事を言いながら、書いたばかりの物を見始めた。
何だ……何だか緊張するな……ドキドキしてくる。目の前で採点されている様だ。
少し考え込む様に俺の書いたものを見ているリンデルから視線を外し、俺はそのまま窓の外へ視線を移した。
外した視線の先には行き来している人達が窓枠の中で、現れては消えを繰り返していた。
やはりここが王都だからか時間帯的にそうなのかは分からないが、人の流れが途絶えない。
そして何となく、頭のどこかで行きかう人達の人数を(一人、二人……)と数えている俺が居た。
……あれ? でも何だろう……男女比が……。
「……なぁ、この王都は男の人が多いみたいだけど……冒険者がギルドとかに集まってくるから?」
俺は窓から見える行き交う人物達を横目に、そのままの気持ちをリンデルに聞いてみた。
窓の外を行き交う人は自分の言葉通り、性別的に"男"が多い。
そんな俺の質問に、リンデルは一瞬驚いた顔をしたけど、直ぐにいつもの雰囲気に戻って一人頷き始めた。
「いや? 元々この世界は男の割合が多いんだ。……ああ、アサヒは記憶喪失だったね……」
「あ、ま、まぁ。うん……」
曖昧な俺の答えに、リンデルは「だよね」と返してきた。
「じゃ、少し説明しようか」
「うん」
俺の言葉にリンデルは持っていた用紙を机に置くと、再び口を開いた。
俺はリンデルの話してくれる内容に興味がある。自然、身体が前に動いた気がした。
「……さっきも言ったけど、この世界は男の割合が多いんだ。
そして……この世界は望めば同性同士でも婚姻が出来るし、別にそれが普通に行われているんだ。
それにこの辺の地域の人は結構開放的な性格だから……まぁ、男同士、女同士の組み合わせもそれなりに多い方なんだ」
……そうか、俺以外に基本そこら辺がゆるいのか、この世界は……。
「……同姓同士の場合、子供は養子が主だけど……実はね、"転換薬"が裏ルートで高額取引されているって噂があるんだ。
……けど、すごく珍しい物らしいから、噂で本当かは分らないけど……」
「そうなんだ? リンデル、詳しいね……」
「ま、薬を扱っているからね……それに……まぁ、情報源が……あるんだ」
俺の言葉に少し眉を寄せて何かを考えてる風な姿をリンデルはしてきた。
その"情報源"の事でも考えているのかな?
瞳を閉じて、何かを考えている様なリンデルから俺は視線を再び窓の外の行き交う人々へと移した。
やっぱりここは王都なだけあって、職業柄も多種多様な感じだ。
「……そうだ! ここは"王都"だけど、何か有名な物とかあるのかな?」
「有名? ……そうだな、ここは"グリフォン"で有名だよ」
「へぇ……グリフォン……」
俺の突然の言葉にリンデルはすぐに答えてくれた。
そして俺はリンデルの静かな声を聞きながら、頭の中にルツのグリフォンであるレイを思い浮かべた。
あれからレイには会っていない……今度ルツに頼んで会わせてもらおうかな?
俺がそんな呑気な事を考えている間も、リンデルの説明はゆっくりと進んでいく。
「そう、ここ王都"フォンドール"はグリフォンやグリフォン使いが多い事で有名なのさ。
城壁の外だけど、近くにグリフォンを飼育している場所があるくらいだよ」
それってつまり、牧場みたいな所が在るって事かな? おお……見てみたい!
「グリフォンで思い出したけど、アサヒはここのギルドに掲げられている"王家の紋章"を見たか?」
「"王家の紋章"?」
「……その様子だと見てないみたいだな」
少し溜息混じりに言われた気がするけど……、リンデルは俺に説明を始めてくれた。
いや~、助かるなぁ。
「じゃ、軽く説明していくけど……」
「うん」
「紋章には、"グリフォン・剣・槍・菫"で構成されているんだ。
それぞれ意味合いがあるけど、その中で"菫"は王族を指していると言われているんだよ」
―……菫……スミレ……紫色…………。
俺は連想ゲームの様にルツの薄紫の髪を思い出した。
前にも言ったけど、この世界はカラフルなんだ。俺だって髪は水色だし、目の前のリンデルは柔らかいオレンジ色をしている。
それに俺はこの王都でルツ以外にも、彼と同じ髪色の人達を幾人か見ている。
「とにかく王家の紋章が置かれていたりする店等は、王家のお抱えかお気に入りだったり、何かしら繋がりがあると見た方が良い」
「へぇ? じゃ、ギルドもそうなのか」
「まぁな。あそこは裏でそっちと繋がっているとか言われているよ」
俺はリンデルの話を聞きながら、今度はロイさんの顔を思い浮かべた。
少しむっとしたへの字口のロイさんが、実は城関係の人だったりと推測するのは勝手だが、なかなか面白い。
「それに王族の第一王子はどうやら放浪癖があるらしくてね。
もう何年も城に帰らず、現在も城には居ないそうで最近は次期王は第二王子と噂されてる……」
「じゃぁさー、案外そこら辺に居たりして?」
「……それは分からないけど、あるかもしれないな。彼自体、人気が無いわけじゃないんだが……。
まぁ、ここの王族は放浪癖が有るくせに人前にはあまり出てこないから、彼の容姿も成長してだいぶ変わっているかもしれない」
「そっかぁ」
―……放浪癖、ね。
まぁ、フラフラと自由に色々と見て歩くのは結構楽しいけどな。
「ところでアサヒが書いてくれた文字だけど……」
俺はリンデルの言葉に反射的に彼を見た。どんな結果が待っているんだろうか?
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