39 / 175
第39話 僕に世界を教えて -3-
「…………ぅ……?」
どの位俺がソファーに身を横たえていたのか分からないが、何となく目が覚めた。
店の方から、僅かだが話し声が聞こえてきた気がする。もしかして、接客中なのかな?
まぁ、店だしね……。
少しここで待っていようかと考えたけど、俺はリンデルの居る店に戻る事にした。
頭を枕代わりのクッションから離し、フラフラと何となく視線を左右に振る。
……ここまで来るにも色々な物が置かれていたが、やはり……と言うべきか、この居間の様な空間にも幾つかの明らかに異質な物が置かれていた。
それらを取り除けば、何ともシンプルな落ち着いた雰囲気の部屋に……成りそうなのになぁ……?
リンデル自身からはそういったシンプルな部屋が似合いそうだが、この部屋はそうではないのだ。情報が多い。多過ぎる。
「……まぁ、趣味なのかな……?うん……」
そうそう、人の趣味を勝手にとやかく言うのは良くないな。
でも、本当に統一感が無いなぁ。珍しそうではあるけど……あと面白そうとか。
色んな土地特有の独特の雰囲気を感じるな。
リンデルは今はこうして店を開いているけど、冒険者でもあるっていうし、その当時集めたものなのかな?
「さて……」
俺は言葉と同時にソファーから立ち上がり、軽く伸びをした。
筋肉を引っ張る感じがなかなか気持ち良い。何となく「あー」とか声が出た。
少し休んだ事で大分楽になった。
「"人"ってのも、大変だなぁ……。久々な感覚だ」
誰も回りに居ないのを良い事に俺は一人ごちた。
そう、俺はこの世界では元スライムなんでね。一応、魔物だったわけ。
「……リンデルの所に戻ろうかな?」
俺はそう決めて、歩き出した。待ってるのも、何か変な気がしてさ!
歩きながら、先程覚えたり組み合わさった言語をでたらめな音階で頭の中で反芻させていく。
切欠さえあれば楽なものだな。更に追加されていく感覚がある。
まぁ、違和感は何となくあるけど、これも神様……かーちゃんの恵み、ってね。うんうん。
そして俺は、通されたところをそのまま遡り、やがて店への扉が現れた。
来た時は寝ぼけ気味だったけど、あの暮らしていた洞窟の中を歩き回るより楽に着けた。ま、距離とか条件とか色々あるけどさ?
そして俺はそのまま現れた扉を開け、店内に入った。
ふわりとした薬草独特の香りが再び俺を包み込んでいく。うん、これこれ。
俺は前方を良く確認しないまま、リンデルにお礼の言葉を口にした。
「リンデルーありがとな、目がさえ……」
「やぁ、この優男がアサヒ君かい?」
「………………誰?」
「あは、まぁ、そうだよね? 初めまして」
「………………」
ドアを開けた途端名前を呼ばれ、俺はそのまま自然と質問を口にしていた。
俺が寝ていた間に来たのだろう、リンデルの隣りに知らない男が立っている。知り合いなのか?
そんな俺の様子を察してか、リンデルが俺に声を掛けてきた。
「……ああ、起きたんだね、アサヒ」
「僕は"エメル"。旅の商人さ。ああ、そのまま"エメル"って呼んでくれたまえ」
"フワサ……"とか擬音が付きそうな動作で軽くオレンジ色の前髪を軽く掻き揚げて、エメルは俺に自己紹介してきた。
俺の問い掛けに笑顔で答えてくれたけど、どこか……なんと言うか掴めなさそうな感じがするな、このエメルは……。
"優男"、っていう括りなら、俺よりこのエメルの方が分類されると思うがな?
リンデルよりは鍛えてそうな身体つきだけど、根っからの戦士タイプじゃなさそうだし……。
「はぁ……エメル……」
「うんうん、宜しくねーアサヒ君」
「……ふぅ……」
あれ?リンデルは俺とエメルの遣り取りをどこか静観しながら、少し重たい息を吐いた……って、何で?
満足そうな笑顔のエメルとは対照的にリンデルの顔は暗めだ。どうしてかな?
「アサヒ君の事は、ロイさんに教えられたんだ」
「ロイさんに?何で?」
エメルはリンデルのそんな様子は気にしていない様で、最初と変わらない軽い口調で俺に話し掛けて来た。
自然、俺はエメルの方に視線を移して彼の発した言葉に反応した。だって、気になるじゃないか。
「ギルドで大体いつもはルツ君に護衛とか頼んでるんだけど、アサヒ君にもお願いしようかな、って」
「……へぇ?」
つまり、ロイさんに俺を紹介された、っ事で良いのかな?
「ルツ君はルツ君で忙しそうだしね。本当は一緒に帰ってくるはずだったんだけど、彼、用事があるって途中で別れたんだ」
「ルツと一緒だったのか?」
「そうだよー」
笑顔はそのままでエメルは俺の質問に答えてくれた。
「それに君、記憶喪失なんだろ?僕は旅の商人だからさ、僕と旅をすれば、どこかで記憶とぶち当たるかもしれないと思ってさ」
あー……まぁ、表向きは俺は記憶喪失だな、うん。
でも、外の世界を見るなら、エメルと組んで行くのも良いかもしれない。
一人で適当に歩き回るのも良いかもしれないけど、誰かと一緒の方が都合が良さそうだし。
俺は元スライムであって、基本この世界の人間社会は良く分からないからな。ま、前世の記憶で案外いけてるけど。
「どうかな?」
「……良いと、思う……」
「そう! 良かった! じゃ、何か連絡が有る時は連絡するから!」
俺の返答にエメルはサッと名刺の様な物を出してきた。
おお、何だか前世で普通に名刺を貰った気分だ。
まぁ、そんな機会も余り無かったけどな。そんな気分、ってことだ。
「登録、しといてよ。リリサちゃんのにさ?」
「……うん、分かった!」
暗にリリサ先生のメールに近いあの魔方陣の事を指してると、俺は推測した。
そこで俺もサッと書き取りに使っていた紙のを千切り、端にペンで名前を書いてエメルに渡した。
さっき習ったばかりだけど、大丈夫! 俺の字は読める!!
俺の渡した紙をエメルは軽く見て、服の内側に仕舞った。内ポケットでもあるのかな?
「……そうだ、リンデルも良かったら俺と"名前"交換してよ」
「……そうか、まだだったか」
「そうそう、まだだったんだよ!」
そんなやりとりをしつつ、俺はリンデルの"名前"を入手したぜ!どこかでアイテム入手音が聞こえてきそうだ。
うんうん、確実に増えてる。嬉しいな。
とりあえず、王都でリリサ先生を知っている人なら大体あの魔方陣が通用しそうだからな。
それに俺も、この世界の文字で名前が書けるようになったし、幅が広がったと言えるだろう!
そんな感動気味な俺の横でリンデルは早速俺の"名前"を登録してくれていた。おおー、嬉しいな!
「んじゃー、兄さんに今回の旅でのお土産タイムだ!」
「兄さん???」
「……エメルは俺の弟なんだ。……また変なデカいものとかは止してくれよ? そろそろスペースが……」
「そう? たぶん大丈夫! 今回は小さいからさぁ!」
……この二人、兄弟だったのか……。
しかも、エメルの言葉からリンデルのあの訳の分からない数々の品物は、彼の旅先でのお土産物だったと!
わ、わざと面白そうなのとか選んでるだろ! 大体が実用品とか、そういうのじゃないもんなぁ……。
「……よっと……」
俺がそんな事を考えている間にエメルは足元に置いていた鞄から何か袋を取り出した。
なかなか厳重に梱包されているのか、袋から出した後、机の上で幾枚もの包んでいた布を後に残してそれは姿を現した。
ともだちにシェアしよう!