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第49話 気持ちの行方 -1-

今日の俺は勉強家なのだよ……。 ……そんな気持ちを込めて、王立図書館に足を運んでみた。 ルツを見ててさ、俺も何か本を読んでみたくなったんだよ。ついでに勉強? みたいな? リンデルとの会話内容も幅が広がりそうだしさ、こういうのは落ち着いて一人でやる方が良い気がしたんだ。 ―……目的地の"王立図書館"は俺の記憶の中のどの図書館より立派で荘厳だった。名前からしてドッシリとしてるけどな。 「……凄い……」 何処を見渡しても、本棚は物凄く高く作られていた。これって何メートル有るのかな? 高い位置の本にアクセスするには、三脚梯子等を使うか、自由に浮くゴンドラで目的の位置まで行くかの二つの様だ。 さて、どんな本を読もうかな?基本俺は生体データのおかげで大体読めるからな。 特に目的も無いまま、俺は奥の方へ行ってみようと思った。 この図書館内で音と言えば、小さくコツコツとする靴音か、本の出し入れかはたまたページを捲る音かで、人の"声"というのが全くしない。 皆、自分の作業に没頭している様だ……。 ゴンドラもプカプカ浮いてたり、スーッと動いていたり、実に清音設計に富んでいる。構造は全く分からないが……。 あれ、どうやって乗れるのかな?見てると、赤いラインと青いラインのゴンドラが有るけど、どんな違いがあるのか……。謎だ。 とりあえず今回は自分の足で歩き回ろうかな。 ……疲れたら知らないけどさ。ま、少しすれは回復するだろ? 「おーい、君! 悪いが落ちたの拾ってくれないかー」 「?」 しばらく適当に歩みを進めていると、突然声を掛けられた。しかも"上"から声を掛けられたのだ。 声のした上の方を仰ぎ見ると、優雅にフワリフワリと大きい葉っぱと紙が数枚落ちてきた。 とりあえず言われるがままに拾うと、その紙には植物の絵が描かれているではないか。しかもなかなか上手い……。 まぁ、まだそこらに散らばっているから俺が一枚一枚拾い上げておこうか。 「いやぁ……助かりました。有難うございました」 ゴンドラで下りて来た人物は、黒髪、灰色の瞳で黒ぶち眼鏡の、数種類のワッペンを付けた薄い灰色のツナギを着た二十代の男だった。 少なくとも、俺より年上に感じるけど……? 「はい、これで全部だと思うけど……」 俺は自分が拾った物をそのまま男に渡した。彼は再び俺にお礼の言葉を言いつつ差し出した物を受け取った。 そして何となく俺は彼が乗っていて、今は床の上で静かになっているゴンドラを見た。 だって、やっぱり構造とか気になるじゃないか……。ちなみに彼のゴンドラには"青いライン"が引かれていた。 ゴンドラの中には大きめな布が敷かれていて、その上に彼が座っていたのか皺がクチャクチャと所々寄っていて、分厚い本が数冊タワーを形成していた。 その周りには紙やら葉っぱやらが散らばっている。まだ中に有ったのか……落としたのはその一部かな? ……ん? あ、れ? ……何だかその敷いている布の雰囲気どこかで……。もしかして……。 「あ、あのさ……」 「はい、何でしょう?」 「……もしかして……あの……アンタ、岩の上で寝ている男に布、掛けた事無い? ……かな……? ……男って……俺の事なんだけど……」 「……え……?」 ……う……驚いた顔してる……。 やっぱり唐突過ぎたんだよ! でも、他に思いつかねーし! あああああ! 俺が一人、後悔で脳内で悶えていると、男は何かを思い出した様で晴れやかに喋り出した。 「……ああ、あれ? あれは君にあげるつもりで掛けたんだ……。だって、お腹出して寝てるしさぁ~? はははッ!」 「え!? そ、そうだったの……か……」 「そうそう。すっかり忘れてたなぁ……う~ん……あの時のかぁ~」 男はそう答えながら、今度は俺が渡した絵が描かれた用紙の枚数を数え始めた。 でも「偶然ってあるんだねぇ」と俺にゆったりとした声を掛けていた……。 そして俺は何だかその声色に安心した……。 「……うん、全部ある。……あの掛けたやつは、やっぱり君に上げるよ」 「え……」 「好きにして良いよー。使っても、捨ててもさー」 「す、捨てないよ……使う……」 「そう? 有難うね」 「いや、俺こそ……有難う……」 俺は何となく、この男が気になってきた……。 何か、ジワジワくるんだよなー。 「なぁ……アンタにはどこに行けば会える?」 「僕? 僕はほら、そこの植物公園で管理・研究員として働いてるんだ」 「……じゃぁ、そこに行けば会える? えっと……」 「ああ、僕の名前は"ジン"って言うんだ。昼でも夜でも、居れば会えるよ」 「そっか! 俺、アサヒっての宜しく……って、夜?」 「植物公園は24時間、よっぽどでなければ解放されてるんだよ。だからさ」 なるほど。それは便利で面白そうだな……。 俺がそんな事を考えていると、ジンは何か思い出した様で俺に話し掛けてきた。何かな? 「……そうだ、今度"月が赤い日"の0時位に、植物公園に良かったら来てごらんよ」 「"月が赤い日"……?」 「うん。良い物を見せてあげられるかもしれない。公園の入り口に事務所があるから、僕の名前を言ってもらえれば良いよ」 「分かった……」 「まぁ、月が赤くなるのは不定期だから……来るかは君に任せるよ、アサヒ」 「……月の色に気が付いたら、多分行くよ」 俺の曖昧な返答にジンはただ"ニコリ"と笑っただけだった。そんなジンの笑顔は目尻が思いのほか下がって、何となく幼く感じた。 ジンの誘いも曖昧ながら、俺の返答も曖昧……何とも微妙な口約束だ。 それからジンと別れて、俺は再び奥へと歩みを進めた。 とりあえずこの図書館の全体像が見たくなった。だってまだまだ広そうなんだ。

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