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第59話 三神寄れば…

「カーティティス様、おはようございます! 今日はパナティ様と会う日ですよ! 早く起きて下さい!!」 「……ルーセル……あと、九千六百秒後にもう一度"おはよう"して……お願い……」 ルーセルは枕元に立って、カーティティスの言葉の秒数を素直に計算し始めた。 彼が計算している間、カーティティスは枕に未だ頭を押し付け、再び眠りにつこうとしていた。 (……九千六百秒後……って、三時間後じゃないか! 何だそれ! そんなの駄目に決まってるだろ!!) 計算が終わったルーセルは、結果が分かったとほぼ同時にカーティティスに声を再び掛けていた。 「駄目ですよ、カーティティス様!」 「あー駄目かー」(棒) 「当たり前でしょーが!」 「じゃー服持ってきて……起きるから……」 そうルーセルに告げながらも、カーティティスは片方で枕を抱えてうつ伏せで居り、もう片方の手をヒラヒラと動かして彼に服の要求をしているのであった。 ルーセルは半分予測済みな様で、ベットの端から実は用意していた服をカーティティスに手渡した。 「どうぞ」 「うん、ありがとう」 短い遣り取りの後、カーティティスは上半身を起こし、ベットから下りて両手を軽く広げた。 すると、先程手渡された服はスルリを動き出し、勝手にカーティティスに纏わりついていった。 皺伸ばしも衣服が勝手に動き、勝手に出来上がっていく。 革製の腰紐が緩やかに結ばれ、最後にフワリと長い二重構造の外套が背に着けられた。 そして小さな丸い光が、カーティティスの少し跳ねている髪をゆっくりと梳く様に動いていた。 「ルーセル……先に行ってパナ達の相手をしていて下さい。私も、もう少ししたら行きますんで……」 「はい! 分かりました!」 ルーセルはそこでカーティティスに元気良く返事をすると、パナティ達を待たせている中庭へ向かった。 そこには簡単な東屋があり、そこで彼らは寛いでいるのだ。 実際、東屋に設置されている長椅子にそれぞれ座って好きに寛いでいた。 しかし、ルーセルが来てからカーティティスはなかなか現れず、時だけが過ぎていた……。 「ルーくん、まだかな? パナティさまとハフスフォールさまが、さっきからイチャつきながら待ってるんだけど?」 「チコ……」 「チコも手伝おうか?」 「い、いいよ……チコは座って待ってて。もう少しで来ると思うから!」 「そう? チコがんばるよ」 チコはルーセルの少しビクついた断りも気にせず、瞬きの少ない深紅の瞳で彼を見続けている。 申し出たチコは長椅子から立ち上がりかけて、ルーセルの断りの静止に再び腰を長椅子に下ろした。 その時、踊り子の様な服装を着ている彼女の足に着けている飾りの幾重もの薄い金属板から、シャラシャラと涼やかな音が鳴った。 このチコの一連の動作を見ながら彼は以前チコに手伝ってもらう度に大概、何故か被害が出るのを思い出していたのだ。 ルーセルとチコの組み合わせは何かと物事が成功する事が少なかった。 精霊族の二人の属性が関係しているのかどうかは定かでは無いが、ルーセルは"水属性"でチコは"火属性"なのだ。 一緒に居る分には別に良いのだが、"何か"を二人でしようとすると、どうも凸凹になるおかしな二人だった。 それにパナティは待っていると言えども、ハフスフォールとイチャついている様から、別に今の状況を特に気にしてい無い様だった。 ルーセルが来てもそれは特に変化が無く、彼もいつもの事と気にしないで居た。 「なぁ、ハフス……ティーティーは後にして、一旦部屋に戻ろうよ?」 「駄目だよ、パナ……」 「もう、二人っきりになりたいんだ。……なぁ、ハフス……?」 「……お待たせしました」 頭上から降って来たカーティティスの声に反応して、パナティはハフスフォールに身を預けたまま彼を振り仰いだ。 「……やぁ、来たな。良いところだったのに……」 「パナはいつでも"良いところ"でしょうに」 「まぁなぁ? そうだな、ははッ!」 カーティティスの言葉にパナティはそっとハフスフォールから身を引いて座り直した。 そしてカーティティスが長椅子に座るのを見計らって、パナティは今度は彼の方へ身を寄せた。 パナティは楽し気な笑みを口の端に湛え、カーティティスをからかう様に言葉を紡ぎ出し始めた。 「ふふッ……ティーティーだって、この前はわざわざ結界を張っていたじゃないか?」 「……あれは、"加護"を安全に与えていたんです……。と言いますか、また見ていたんですか?」 「"安全"ねぇ? どうせ私達が気になったんだろう? あはッ。まぁ、途中まで観察してたよ? アサヒの"器"の具合が気に成るしさ」 「………………」 「でも、一番はアサヒの"顔"、見られたくなかったんだろ?」 「………………」 「まー分かるよ? 私もハフスのああいう顔、他に見せたくないもんなーふふふ……」 そう言いながらパナティは笑いながらハフスフォールの腕に収まった。 ハフスフォールも慣れたもので、易々に彼女を腕に収めて紅く輝く髪の毛を愛おし気に撫でている。 どういう形で居れば、お互いに満足いくのかをすでに二人は心得ているのだった。 「……アサヒは順調ですよ。神気も溜まってきた傾向が見られました」 「そうか! 良かったじゃないか、ティーティー!」 「パナのお蔭です。感謝してますよ」 「うん? はは、そうか。うんうん……」 ―……そしてそんな東屋に新たな客が現れ、声を掛けてきた。 「……カーティもパナも"人"に随分興味が有る様だな……私も気に成ってきた……欲しいかも……」 現れた人物は漆黒の長い髪に、左が黒い瞳、右が銀の瞳のオッドアイの容姿をしており、二人と同様に僅かに光を放っていた。 「セラ」 「おやぁ? 珍しく起きてるな、セラ」 「……うん、私は今回どのくらい寝てたのかな?」 やや寝惚けた様な声質で"セラ"こと、セランフィスはカーティティスとパナティに声を掛けた。 答えてくれるなら、彼としてはどちらでも良かったのだ。 そして、そんな彼の問い掛けに応じたのはカーティティスだった。 「そうですね……一ヶ月位じゃないですか?」 「……一ヶ月……。二度寝……しようかな……」 カーティティスの言葉に、今起きたばかりのセランフィスはすでに寝る気でいる事を告げた。 どこまで本気なのか分からない、トロンとした瞳で彼はゆっくりとした動作で長椅子の空いている位置に座った。 「……しない方が良いですよ。二度寝の領域を超えていますよ、セラ」 「……そうかな? そうなのかなぁ? ……うん、分かった。起きてる……」 「セラ……、すでに身体が傾いてます……精霊珠達がセラ支えるのに必死そうですよ?」 「ああ、うん~~……そうだねぇ……通りで左側がフカフカすると思った……」 良く見ると、セランフィスの左側には拳大の白と黒の毛玉がモッサリとまるでクッションの様に重なっていた。 ちなみに白い毛玉は"光の精霊"、黒い毛玉は"闇の精霊"である。 「みんな、ありがとう……とりあえず大丈夫だから……戻って……」 セランフィスが精霊珠達に声を掛けると、彼らはセランフィスの髪の中に潜り始めた。そして、……消えて行った。 精霊珠達が全て自分の長い髪の中に帰って行った事を確認すると、セランフィスは軽く髪を整えながらカーティティスに話し掛け始めた。 「カーティ、カーティの気に入っている"人"はどんな子なんだい?」 「……アサヒ……ですか? そうですね……」 「"無自覚に無駄に色気がある子"だよなァ?」 「パナ!!」 「……そうか……」 「セラ! 納得しないで下さい! ……そうですね、アサヒは……"無邪気で元気がある子"です」 「なるほど……?」 突然割り込んできたパナティの感想を退け、カーティティスはセランフィスに自分のイメージを伝えた。 「分かった」 「そうですか?とにかく大事で大切な存在です」 カーティティスの言葉に、セランフィスは彼に質問を重ねた。 「カーティ……"大切"? "大事"? ……とは、どんなのだ。それは……皆平等に"大切"とは違うのか……?」 「……違いますよ。"平等"ではなく、それが"特別"になるんですよ」 「……いまいち分からないなぁ?」 「知れば分かりますよ、多分……」 「そうだなぁ……そうなのかな……ふむ?」 セランフィスはカーティティスからの言葉に考え始めた様だった。 「……それで……私は、男にも女にもなれるからどちらでも良いけど……"特別"はどちらが良いかな?」 「セラ、それは性別的に、"セラ"が? それとも"特別"の性別が男か女か、どちらが良いかって事か?」 「……ん? ……ん~……これも分からないなぁ……。私は今の性別が落ち着くかな……」 今は男の姿で活動しているセランフィスは本人の言う通り、性別が両方ある両性具有者であった。 しかも、本人の意思でいかにでも組み合わせが可能なのだ。 「……今度カーティに付いていって下に一緒に行こうかな……」 セランフィスはボソリと呟き、カーティティスに視線を向けた。 それは、暗に「良いかな?」と聞いている様なものだった。 「……それは構いませんが……」 「そう、良かった……。なら、地上では"別行動"だな。お前は"アサヒ"を大事にしに行くと良いよ」 「……セラ、一人で大丈夫ですか……?」 「大丈夫。いざとなったら、直ぐにここに戻ってくるから。それに、今のところ地上の者は誰も私に逆らえないよ」 そう、セランフィスこそがこの世界の最高位の神だからだ。揺ぎ無い自信が彼の中に在った。 そしてここまで黙って二人のやり取りを聞いていたパナティが、セランフィスに話しかけ始めた。 その彼女の瞳には、とても良い事を思いついて今すぐ行動したいとソワソワしている様な輝きがあった。 「……そうだ……セラは"大気"を操るのが得意だよな?」 「まぁ、私が司っているからな……」 パナティの言葉にセランフィスはゆっくりと頷いた。 それは彼の言う通りで、セランフィスはこの世界の『光』、『闇』、『大気』を司っているのだ。 セランフィスはこの世界の最高神の、カーティティス、パナティの更に上に位置される、それこそ最上位の神なのだ。 つまり、セランフィスの下にカーティティスとパナティが居り、この三神がこの世界を創造していると言えるのだ。 ちなみに、カーティティスは『月』と『夜』、『海』、『精霊・妖精・闇族(魔族・半魔族・魔生物)』等を。 そしてパナティは『太陽』と『朝』、『大地』、『人間族・獣族(動物・半獣)』等である。 いくらか振り幅はあるにしても、三神の大まかな役割分担はこうなっていた。 「なら、その力で私のしようとしている事を少し手伝ってくれないか? これが成功すれば、セラも便利だぞ!」 「パナの手伝い? ……便利に?」 「そ~だよー、みーんなハッピーだ!」 パナティの"みんなハッピー"の言葉に、セランフィスは瞳を閉じて軽く考え始めた。 やがて『"幸せ"になるのは良い事だ』、と彼の頭は答えを弾き出した。 「……良いよ、パナの手伝いをしようかな?」 そこで無表情気味な最高神セランフィスは、久々に僅かに口角を上げたのだった。

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