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第67話 新月のスラデレラ -4-
「………………」
少しの間だけど、家政夫さんは無言で俺のこの行為を受け入れてくれた。案外細くて柔らかい髪質なのか、ふわふわ気味なのが少しくすぐったい。
でも、いつまでもそうしている訳にもいかないから、俺は触手を仕舞って少し身体を揺らした。「終わり」だと言いたかったのだ。
そして俺を見ていた家政夫さんが、おもむろに喋りだしたんだ。
「わた……俺は"彗"。……こう書くんです……君なら分かりますよね?……君は、名前はあるのですか……?」
……名前?どの名前にしようかな?俺ってばこれでも三つ名前が有るようなもんだからさー?
「アサヒ」、「キング」、「ニー」……これだ。……「キング」は何か違う気もするが、一応入れておく。
でもここは無難に「ニー」だな。
『ニー』
「"ニー"……。そうですか。……無かったら俺が付け様と思ったのに、残念ですね……」
少し寂しそうに笑って、スイは俺を摘み上げて机の上に置くと、無言でマーマレードをまたくれた。
マーマレードをゆっくり取り込んでいる俺を黙って見ているけど、スイは仕事をしなくて良いのかな?
「ニー……」
―ぷにッ
「コポッ!? (うぐ!?)」
急にスイが人差し指で身体を押すもんだから、マーマレードを吐き出すところだったぜ。お触りか~?
「………………」
―つぷッ……つぷぷ……
「! コポッ!! (! 止めろ!!)」
あ、アブネェ! 指が俺の中に埋め込まれてきたんだ! コアとか不用意に触られて崩れたら、天国逝きじゃねぇか!
俺はスイの指から逃れる様に前方に逃げて、虹色のコアを光らせて威嚇したんだけど……スイが俺を見る瞳が「何それ?」みたいに興味津々に輝いていたんだ……。
これは筆談の時間だな! まったく、この男の娘は!
『下手にこれ……コアを触ると俺が死ぬ』
「え? そうなのですか?」
『そう』
「……虹色で綺麗だから……つい……」
『……気に成るのか?』
「はい、とっても!!」
そんな力強く求めてくるなんて……良いぜ、お触りタイムだ、スイ! 来いよ!! 受けて立つぜ! ただし、優しくお願いする。
"ツプ"とスイの人差し指が俺の中に侵入してきた。そしてそのままの速度でスイの指先が俺の虹色のコアに到達した。
少しくすぐる様な撫でる動きでスイは俺のコアに触れてきた。
―……スリスリ……スリスリ……スリスリ……スリ……
「コッポゥ? ポォ? ポ~(……ぅあ……? ……ぃうう……? ン~~)」
「ニー……俺の指に擦り寄って震えて……。可愛い……。これは坊ちゃんが集めてる理由が分かる気がしますね……」
ぜ、絶妙な圧が……うーん、スイの指はスベスベしてて気持ち良いな。
―……スリスリ……スリ……スリ……スリスリ……スリ……
「コポ~ポ~? コポ~( う……ぅ~……んんん……? はぁ~……)」
「……あれ? 何か染み出てきてます?」
「!! コッポォ! (!! も、もうイイだろ!)」
―……チュポ!
うお~!! 俺とした事がスイの撫で方が良かったせいで、思わず気持ち良さに表皮が緩んで体液漏らしちまった! 何か恥ずかしい! ここで終了だ!! 終了!!!
『終わりだ!』
「……はい、スペスペでプニプニなのが分かりました。ありがとう御座います」
『そうか。なら、俺はそろそろ帰る。マーマレードとか、美味かった。ありがとな』
「そうですか。では、また……」
スイは残念そうに去っていく俺にそう言葉を掛けてくれたけど、"次"は無い……と思う。だって俺は今夜ここから立ち去る予定だからな。
「コポポ、コポ(バイバイ、スイ)」
俺は小さくそれだけ言ってその場を立ち去った。
"そそそ"とエドの部屋に帰ってきた俺は、スノウとクロテンにスイの借金告白や実は"男"だという事等は伏せて結果だけ伝えた。
「……コポ、コポポ。コーポー。コポ。コポポ? (……おい、俺があの家政"婦"を"懐柔"して来た。ある程度姿を見られても大丈夫だろうよ。俺等を捨てないと思う。だが、調子こくなよ?)」
「コポ! コッポ!!! コポー! (マジっすか! さすがキングぅ!!! 凄く安心しましたー!)」
「コポポー!! コポー♪ (キングの技はやっぱりいまだ冴え渡っているんですねぇ!! ヒューヒュー♪)」
「コポポポポ……(ははは……まーな……)」
……迂闊なマーマレード盗み食いから、行きがかりでこう成ったんだが……そこは黙っておこう。
お互いの幸せの為に、世の中には知らなくても良い事が沢山あるんだよ(棒)。
夕食を作り終えたスイが屋敷から外に出た。今日の業務は終わったらしい。
俺はそれを静かにカーテンに隠れて窓から見ていた。多分、スイは俺がこうして見ているのは分からないだろう。
だが何度かチラチラと不安気な顔で屋敷をスイは振り返り、その度屋敷を観察していた。何となく、俺を捜しているのかと思った。
そして何度目かの振り返りの時、スイの口が「ニー」と動いた気がしたんだ……。
……正直、錯覚でも呼ばれた気がした。でもさ……
―……俺は今夜ここを出て行くから、スイ、そんな不安そうな顔しないで安心して良いんだよ? な?
それから俺が窓から離れた事で、後ろでカーテンが僅かに揺れた。
だが、スイはそれが捜している答えだと分かったのかも、それが俺の考えで合っているのかも、もう分からない。
とにかく俺は後ろを振り返らなかったんだ。
―……魔法が解ける時間は最初から決まっている。
冷たい闇が遠くから押し寄せていた。
今回のこの姿はあと、七時間程。
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