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第68話 ラストダンスは君と -1-
「ねぇ、ちょっと散歩に行こうか?」
夕食の後、エドはそう言って俺達をジャム瓶に入れた。
置かれた瓶は特に誰がどれとは決められていなかったが、俺は何となくここに連れて来られた時と同じ瓶を選んだ。
そして俺はマーマレードの微かな残り香に包まれながら、少しスイの事を思い出していた。
エドのショルダーバックに入れられ、"コツンコツン"と歩く度にスライム入り瓶が誰かのと接触する。
スノウとクロテンはその音に反応して、愉快そうに「コポコポ」と声を出していた。二人が楽しそうでなにより。
どのくらいそうしていたのか……案外短い距離なのかは分からないが、エドは目的の場所に着いたのが瓶の揺れが無くなった事で分かった。
それからエドは瓶を一つ一つ外に出して、短い芝の上に置くと、辺りを散々見渡してから俺達をその芝の上に出してくれた。
「……ここで少し遊ぶ? でも、……逃げないでね?」
「「コポ~! (は~い!)」」
「………………………………(………………………………)」
俺はこのエドの言葉には答えなかった。
―……答えられない。
だって、俺はいかにしてエドから離れるかを狙っているんだからな。夜の散歩に外に来ている今、これは最大のチャンスだ。
この事はスノウもクロテンも心得ているのか、俺のそんな態度に異論は唱えてこなかった。適当だが言っておいて良かった。
そしてエドはスライム語を理解していないし、ここで俺が黙っているのも特に気に留めなかった様だ。
それにしても、少し動きがモソモソするなぁ……。いまいち本調子じゃない感じがする。
俺は自分の動きが不満で草の上でモゾモゾしていた。スノウとクロテンは跳躍はやや低めに感じるが、そこらを無邪気に跳ね回っている。
屋敷じゃなくて、自由な外の広さに興奮しているんだな、きっと。
「ニーさんはあまり動かないね? ……もしかして疲れているのかな?」
「ポ!? (え!?)」
俺はエドの突然の問い掛けに戸惑った。
「それとも、"この日"なだけかな?」
そう言いながらエドは天を仰いだ。俺もつられて見る。まだ新月の期間からか、そこに月は無かった。
「新月は月の魔力が弱まって、君達の様な小さな魔生物の動きが鈍り易いから、僕には捕まえる大きなチャンスだからね」
「……………………(…………………………)」
「今回はニーさんに会えた……」
「………………コポ……(………………エド……)」
「……ニーさん……」
「……ぁんだぁ……? こんな時間に……ガキが一人……? へぇ? なかなか……好みの顔してるな、お前……」
「……ぁ、えっと……?」
俺とエドが視線で会話をしかけた時、急に無粋な男の声がエドへ向けられた。
見ると、酔っ払いの若い男だ。
変に開放的な気分なのか、言葉の内容に"色"が含まれている気がする。危険だ。コイツはキケンだ。
「こんな道から外れた所で何をしているのかな?」
「………………スライムを探してます……」
「へぇ? …………スライム……スライム……かぁ……」
少し身構えながらも、エドは一応程丁寧な対応をしている……。
俺はエドと酔っ払いの男の展開が気になったが、とりあえずスノウとクロテンを近くに呼んだ。
酔っ払いの男は男でエドの答えをブツブツと呟きながら、エドへと近づいて来た。何だ?
怪訝に思いながらもエドは男の動きを見ており、やがて間近で男と対峙する形になってしまった。
酒臭さと、妙な熱気を発しながら男はエドの足先から上へ視線を動かしながら、話しかけ始めた。こいつ……値踏みしてる?
「……んなブヨブヨの下らないスライム探しより、俺と大人な探り合いしようぜ?」
「……! ……い、嫌です……か、帰りますんで……!」
「ほら」
「あ!?」
酔っ払いの男の言葉の意味を理解したエドは逃げようと踵を返した時に、急にズボンと下着を掴まれ、引っ張られた。
今の間合いはすでに男の中で、エドはすでに捕らわれていたのかもしれなかった。しくじったなぁ……!
そして引っ張られた事により、エドの白い肌は一瞬にして闇夜に全て曝け出された。
更にエドは急に下半身丸出しにされた事に混乱したのか、足がもつれてそのまま膝を着く形で前方に倒れてしまったのだ……。
ああ……それではアナルが丸見えに……。
しかし、そんなエドにスノウが勇敢に飛び掛り彼の尻を覆ったのだ!
「ゴポォー! (見るなー!)」
……いや、スノウ……お前の色は基本透明だからさぁ……エドのアナルは見えてるよ?気持ちは分かるが……。
そして俺の隣りではクロテンが「ゴポオオオオォォォ~~!! (先を越されたぁ!!)」と、タプタプと跳び上がりながらコアを鈍く点滅させながら光らせて、物凄く悔しがっている……。これはマジ怒りに近い。怨嗟の念を感じ、俺はそっとクロテンに距離を置いた。色恋沙汰はどこの世界も色々怖いなぁ……。
そうこうしている内に、スノウはあっさり男に摘み上げられてしまった。
「ったく、邪魔な下等魔生物めが!」
「コポ!? コポ~~!!! (わぁ!? はなせ~~!!!)」
「スノウ!」
―……ズヌッ……グニィ……
「コ……? ゴポォ!? (……ぁ……? あぐぅう!?)」
「ん~? 青いここを強くぐりぐりしてやるとブルブル震えるのか? 面白いなぁ……壊れかけたオモチャみたいだ。ほら、もっと面白い動き見せろよ」
「ゴポ!? ゴポォ!! ゴポポ……!!! ゴ、ゴコッピュゥ……ゥ…………(ぐぎゃ!? ぎゅぁあぁ!! ぎゅううう……!!! ぎゅう―ぅ―……………………)」
そして事もあろうに、酔っ払いの男の指がスノウの青いコアをグニグニと荒く押し潰し始めたのだ! あれは不味い!
スノウの身体はみるみるふやけた葡萄みたいになり、小さな身体から染み出てきたやや青みがかった透明な体液が男の腕まで濡らし始めた。その痙攣はヤバイ!
それを見て涙を浮かべたエドの悲痛な制止の叫びが、すぐさま辺りに響いた。
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