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第77話 闇の鎧の追跡者
―……もっと強く止めていれば……
晴天の下、若草の生える大地を踏みしめ、闇の鎧を纏った男は静かに出来たばかりの苦い記憶を振り返っていた。
そう、彼は主と遠く離れ離れになってしまったのだ……。
そして男は何処から見ても、人とは思えず、魔族の体をなしていた。
身長が2m近くあり、それに対して均整の取れた体躯がまず目を惹く。
闇色の全身鎧と同色のマントを纏っているのだが、その兜から僅かに見える肌は浅黒く、どこか生気の薄い質感をしていた。
そしてその兜から見える男の双眸は、普通なら瞳の白地の所が黒く、瞳孔は白に近い薄い灰色でどこか淡く輝いて、兜の作る影と相まって不思議と夜空の星の様にさえ感じられた。
あとは隠れて見えない耳は先が僅かに尖っており、彼が魔族である事を手っ取り早く表しているのだ。
さらに彼を纏う空気はどこか禍々しく、陰鬱としたものだった……。
「……まだ大分残っているが、この鎧に込められた若の魔力が薄れる前に見つけ出さねばな……」
そう男が呟くと、それに呼応する様に闇の鎧の右側の手甲に青白い炎の線が走った。
そして出来た炎の光は右の手の甲辺りでグルグルと渦を巻き、そこに留り輝いている。
その炎には熱は無く、むしろ真逆の冷たさを有していた。熱くなく、その冷たさに逆に熱いと錯覚してしまう、そんな炎なのだった。
「……とりあえず、右、か……」
男は右に渦巻いている炎の示した通り、その場から右に歩き出した。
そして歩きながら、手の甲に出現する炎が左に出れば"左へ"、右に出れば"右へ"進路を変えながら黙々と歩みを進めている。
とりあえず、彼は"炎の出現した方向へ進んでいる"のだ。
そしてもちろん、彼の行く手は言葉の通り、平坦な道ばかりでは無い。
飛び越えたり、迂回したり、障害物を破壊したり、はたまた浮いたり等して、なるべく忠実に示された進路を進む。
これは彼が魔族でも上位に者に位置する為、難なくこなしている様だが、実際はかなりキツイ行程なのだ。
しかし彼はその重そうな全身鎧を身に纏いながらその速度を落とす事無く、進んでいた。
そしてその闇の鎧からは見た目程、ガチャガチャとした金属音がなく、むしろ無音に近い不思議さがあった。
(若が目指している目的地は分かっている……"フォンドール"だ。とりあえずそこに行けば、遅かれ早かれ若に逢える……)
とりあえず捜索機能があるこの闇の鎧を着ているが、目的地が明確な分、少し男は心が軽くなった気がした。
この闇の鎧は主の魔力が込められており、その魔力を消費して正確に主の下に駆けつける事が出来る捜索機能を有していた。
もちろん普通に強固な鎧でもあり、業物なのだが、この鎧はそういう点で特殊なのだった。
「……しかしフォンドールまでには、早くこの森を抜けねばいかんからな……。徒歩ではどの位掛かる事やら……」
そして彼の零した言葉通り、現在の地点から目標とするフォンドールまではまだかなり距離がある。
しかも、彼はとりあえず今の移動手段は"徒歩"なのだ。
そんな現行の中で歩みを進める彼が度々思い浮かべるのは、先程の苦い記憶……主とはぐれてしまった事実。
(連続した"扉"魔法の使用を、もっと強く止めておけばこうして離れ離れになる事も無かったのかもしれないが……)
彼はこう思いながら、一方では少し諦めにも似た感情を抱いていた。
「……若の"アレ"を楽しみにしている顔には勝てぬ……」
再び独り言をごちてから今度は瞳を閉じ、一人納得するように二度ほど頷くと、男は再び脚を動かし始めた。
頷きながら、脳裏に幼い主の姿を思い浮かべる。
長い黒髪をサイドに軽く流して残りは後ろに一本にして結い上げ、赤黒い瞳の色の白い華奢な少年を―……。
(そして早く……早く、なるべく早く見つけ出して、あのか細い双肩を守って差し上げねば……)
閉じた双眸を開くと、"キュッ"と眉を上げ新たに自分の意志を強くすると男は再び青白い炎に従い歩き出した。
しかし、数歩進んでから歩みを止めると、今度は彼は僅かに自分の脇に視線を落とし、何も無い空間をぼんやり見た。
そして普段はそこに居るのに、今は居ない己の小さき主の姿を彼はイメージした。
彼の主の魔力はこんなに近くに感じるのに、現実の主の身体は何と遠い事か……。
「………………若……」
そして細く呼びかける様なその低い、少しザラついた声は誰に答えられる事も無く、森の空気に溶け消えた……
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