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第78話 商人の"目" -1-

「……すぅ……すぅ……」 「………………」 俺はシュトールが寝息をたて始めたのを確認してから、なるべく音を出さない様に慎重に上体を起こした。 念の為、少しその場に留まってしばしシュトールの様子を伺う……。 「……すぅ……すぅ……」 しかし、彼は本当に寝入っているらしく、規則正しい寝息以外の動きが無い……。 そして俺は今度は彼に掛かっている部分の布団を"そ~っ"と取り除き、全身の寝巻き姿が見える様にした。寝相等で僅かに着崩れをしてはいるが、仰向けの案外綺麗な真っ直ぐな姿勢でシュトールは寝ていた。これは観察し易そうだ。 ―……完璧だ。完璧に熟睡している……。むしろ俺のこの行為を気が付かない方が、気になってくる……。俺が変態くさく感じてきたではないか……。 ……ま、まぁ気を取り直して、横でスヤスヤと穏やかに寝息をたてているシュトールの観察を開始してみる事にする。……どれどれ? ―……筋肉とかほぼ無さそうな華奢な身体……そして、寝崩れて白い肌が見えている所に魔力抑制の魔術紋が幾つかあるのが見える……。俺の魔導のスキルが勝手に理解していくから便利だな。 魔術紋の紋様から、これが『抑制紋』だと判断出来た。シュトールには無い様だが逆に『増幅紋』もあるのだが、どちらにしても珍しい……。 相当魔力が高くて、むしろ放出しないように抑えているのがこれで分かった。 あの大量の装飾の抑制魔具ですら、抑えるのに足りない魔力を持っているのか……。ちなみに寝ているのに幾つか魔具は着けっ放しだからな、シュトールは。 そして更に驚いた事に、シュトールに手をかざすと、ジワジワとした僅かな魔力の拡散が感じられた。 つまり、シュトールの近くに居ると多分、魔力がゆっくりと加算されて回復していくんだよ。つまり、普通に過ごして魔力の自然回復を持つより、シュトールと行動を共にしている方が魔力の回復が多少早いんだな。 ……それにシュトールがヨハンさんに言っていた、「何か突然に迷惑を掛けるかもしれないから」って、もしかしてこうした魔力の暴走による破壊に関係しているのかな? 「……でも、毎晩は……何かマズくないか?」 ちょっとさ~このシュトール……寝てる姿にさ、色気感じるんだよなー。変に無防備だしさぁ? ツンツンしてるかと思えば、懐いてきたり……分からん……。 更にホント、何、この未熟な色気……。華奢だから? 色白だから?美形だから? 魔族だから? 何なんだ、もうさぁーこの謎の魅力は。 一応添い寝は引き受けたけど、俺だって色々行動するから、こうしてシュトールに添い寝を出来ない日があるかもしれない……。 ……でもさ、俺の事を何かと頼ってくれてるみたいだし……。これは何とかしてやりたいよな? …………う~~~ん……とりあえず"俺"じゃなくて、"俺に代わるもの"? っても、何だろうなぁ? しかも護衛とかまで出来そうなのって? ……誰かに相談してみようかなぁ?……んん~~ん? 相談出来そうな相手……色んな知識が合って、頭が柔そうな……? ……誰か居ないかな? 「……ま、とりあえず寝るか……」 思いつかないのをいつまでも考えると時間を損するかもしれないし、今日は色々あったしな……。 「はぁ……」 溜息じゃないけど、思わずそれめいた息が俺から出た。 「シュトールは今日はどこに行くんだ?」 「……俺はフォンドールに来たら行きたい所があるから、そこに行くつもりだ」 「そっか、どこ?」 へぇ? ちゃんと目的が有ってここに来たのか。 ……今、俺はシュトールと朝食を『熊の左手』で突っつきながら、のんびりとした時間を過ごしている。 そして俺の「どこ」と言う、何気無い質問にシュトールは僅かに動揺した反応を見せてきた。目の前のふわふわのスクランブルエッグを、フォークで意味なくイジクリだしてるのが良い例だ。それから更に頬に僅かに赤みが注して来て、何だか微笑んでいる様に感じてきた。ようするに、どうやら"ウットリ"状態なのだ。何を思い描いているのかな? 「……ん……グリフォンを、見に行く……。フォンドールは有名だろう?」 「グリフォンかぁ。確かに有名だなー」 「ああ……」 グリフォンか……。まあ、確かに王都の名物だからな。 傍目に一見落ち着いて会話している様でも、シュトールはどこかウットリソワソワ気味だ。どうやら自分では気が付いてないようだな? よっぽど楽しみな様だ。可愛いもんだなぁ。 そういやルツのグリフォンのレイはどうしているかな? 会って話しをしてみたいけど、レイはルツのだし、そこらで勝手にウロウロ出来る種類の生き物じゃ無いから、個人的に勝手に会えなさそうなのが少し残念だな……。 「アサヒは?」 「俺ぇ? そうだな……今日はまだ具体的に決めてない……」 逆に質問されてしまった。 "まだ具体的に決めてない"と言いつつ、頭の中はシュトールの添い寝をどうするかで結構一杯だったりするのだが……。 とりあえず俺は図書館で何か良いヒントとか……とか思っていた。王立図書館とかに簡単に解決法が落ちてないかな? それともギルドに行って、そろそろ何か依頼を受けてみても良いかもしれない。エメルからいつ声が掛かるか分からないし、リンデルの薬草採りで城壁の外に行った時のあの感覚をもっと味わいたくなったのも、ギルドに行く理由の一つだ。 後は何かって? ロイさんと名前交換しようと思っているのだよ! 「うーん……行くところは何となくあるけど、ちょっと迷ってる……」 「そうか」 俺のそんな曖昧な返答にシュトールは短く言葉を返し、そのまま食事を続けた。俺もそれ以上は何も言わないで目の前の皿に乗っているスクランブルエッグを口に運びながら、その味を楽しんだ。うん、やっぱりこの店の料理は美味しいな!

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