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第80話 商人の"目" -3-

俺より一足先にギルド内に入ったエメルは、カウンターのロイさんに声を掛け捕まえて、近づきながら話をし始めていた。俺はそんな二人に近づいて、エメルの後ろで立ち止まって様子を伺う事にした。 「ロイさん、今朝登録したの、アサヒくんに回してよ!」 「んぁあ? アレかぁ? 忙しいなぁ……エメル……」 「早く捌けて全員得してるじゃないか……ね、処理してよ? ロイさ~ん」 「ま、そうだな……」 エメルの言葉にやや気だるそうに答えるロイさんだけど、手は既にパラパラと書類をいじくって、エメルの指したものを探している様だ。 ま、気だるそうなのはロイさんのデフォルトだからな。 「ああ、あった。アサヒこっち来いよ」 「うん」 やがてエメルの指した依頼が見つかったのか、俺を呼ぶロイさんの下に呼ばれるがまま彼の前に出た。 素直にそのまま依頼を受けても良いんだけど、俺はあえて別な話題をロイさんに持ちかけた。 「ねーねー、ロイさん」 「あぁ? 何だ、アサヒ……」 「ロイさん、俺と名前交換してくれないかな?」 「……名前……ああ、リリサんとこのか……。良いぜ。ほら」 「うん、ありがとう! はい、俺の!」 ロイさんは少しくすんだ色の薄いペバーミントの髪をしているから、それっぽい色を選ぶかな~……。 難なく名前交換をしてくれるなんて、嬉しいな。 「おお、今度は読めるなぁ、アサヒ。良かったな」 「うん、ロイさんのアドバイスとリンデルのお陰だよ」 「ンな事ねぇよ……。ほら、エメルの依頼だ。依頼書を読んだ後でここにお前の名前を書いてくれれば、後はこっちで処理するから」 「うん、分かった」 そこで俺はロイさんに言われた通り依頼書に目を通した。 ざっと見た感じ、どうやら"ユーゲンティナーさんに荷物のお届け物"をする依頼みいたいだ。 "ユーゲンティナーさん"が例のドールマスターなんだろうな。俺はとりあえず読み終わって特に何も疑問に思わなかったから、ロイさんに教えてもらった位置に自分の名前を書いてロイさんに渡した。 俺がそうしている間に、ロイさんは問題の荷物をエメルに渡したようで、今度はエメルから話を受ける事になった。 「これを紹介するドールマスター、"ユーゲンティナー"に届けて欲しいんだ。僕やディルは次の準備に意外に忙しくてさ……。ギルドで適任者を捜していたんだよ」 「……これは?」 「これはね……"羽布"って言う商品なんだ」 「"うふ"?」 「彼の"お化け"に欠かせないんだよ~。じゃ、これ頼んだよ。あ、これって重いから気を付けて?」 「うん?」 そう何気無い注意事を口にしながら、エメルは俺に"羽布"を梱包してある物を渡してきた。 「……ぁ!? おっ、おっもい……???」 「も~……だから言っただろ、"重い"って……」 俺のそんな感想に、少し呆れ気味でエメルは俺を見てきた。いや、話は聞いていたよ!? でも、話は想像で実際は現実じゃん? つまり、予想外だったんだよ……! この"羽布"は持てなくは無いけど、「あ、重いな」って認識する位の重さなんだ。絶妙だよな? 「"羽布"は最初わざと重くしているんだよー。それは何でかと言うとさ、使う前は"空に飛んでいかない様にしてる"んだよ。こうヒラヒラ~とねー?」 そう言いながらエメルは左右の手で"パタパタ"と羽ばたきの真似事をしながら俺に軽く説明してきた。しかもそんな仕様だったのか。 「……エメルはこれ、重くないのかよ……?」 「んー……どうだろう? それに僕のグローブは特殊加工されるから、その位の物ならまだ大丈なんだ。積荷とか、投げながら作業とかするしさ? 便利だよ」 まぁ、確かにそうだよな。エメルは旅の商人で色々行くだろうから、積荷もある程度自分で積まなければならないシーンも多々有るだろうしな。 でも、この"羽布"……慣れてきたけど、やっぱり重く感じる……。んでも、もう依頼として受けちまったからな! 俺は完遂するぜ! そしてまー、そんな息巻く俺だけどやっぱり重いから一旦これを部屋に置いてから、今度はエメルと一緒にシュトールに会いに行く事にしたんだ。 羽布を宿の自室に置いてきた俺に、エメルはシュトールの行方を早速聞いてきた。 「ところでその例の子は今、どこにいるんだい?」 「確か……グリフォンを見に行ってるはずだけど……」 俺はエメルの質問に、今朝の朝食でのシュトールとの会話を思い出しながら答えた。 「分かった。じゃ、多分あそこだ……"グリフォン・ファーム"」 「グリフォン・ファーム?」 「そのまんまグリフォンを飼育、育成している農場だよ。王都のグリフォンはそこ出身が主なんだ」 エメルの説明を受け、やはりここでもエメルの案内で俺達はその"グリフォン・ファーム"に向かった。 ファーム内はどうやら大きく大人の敷地と子供の敷地に分けられており、それぞれが自由に過ごしていた。 少し狭い囲われた空間を想像していたのだが、全くの逆で広大な大地と空を自由に彼らは闊歩していた。 俺は少しグリフォン達の会話が勝手に聞けるのではと期待していたのだが、そんな事は無かった。 どうやら魔獣使いの能力は、魔獣に対して能力の解放と遮断を選択して、会話出来る魔獣は出来るみたいなんだな。それとも俺のこの能力が不安定なだけなのか……。解放の仕方がいまいち分からない……。勝手にシフトしてみてくれないかな? とりあえず、レイの事を思い出すとグリフォンは"会話出来る魔獣"という事になるのか。うん。 そして俺はシュトールを捜してあちこちに視線を泳がせていた。だって、俺しか知らないもんな。エメルは黙って俺について来てくれている。 そんな感じで暫く道なりに歩いていると、前方に数匹のグリフォンの子供が何かにじゃれている場面に遭遇した。 俺はそのじゃれている対象が気になって、自然に目を凝らした。そして発見したんだ。 「……居た!」 居たけど、シュトール……全開笑顔だぞ。もしかして、動物好きなのか? まだ子供のグリフォンに囲まれて嬉しそうにしてる。 「へぇ? 彼が……?」 ここで初めてエメルが声を出してきた。そこで俺は「そうだよ」と答えて、シュトールの方へと歩みを進めた。 「シュトール!」 「……あれ? アサヒ……?」 俺の声にシュトールは直ぐに反応してくれて、俺たちの方へ視線を移してくれた。 俺はそんな彼に近づき、「捜してたんだ」と口にした。 シュトールは俺の出現に相変わらず要領を得ない雰囲気でその場に立っている。そしてそんな彼に、俺の後ろからエメルが声を掛けてきた。 「……君がシュトールくんだね。僕は商人のエメル。アサヒくんの友人だよ、宜しく」 「……アサヒの……。……俺は"シュトール"、宜しく?」 「……突然で失礼だけど、君の着けている魔具、どれも上質だね……どこの職人が手がけたのか出来れば教えて欲しいな……」 「……構わないが……」 どうやらシュトールの装飾品はエメルの商売魂に火をつけた様だ。 そしてシュトールは魔具を軽く説明しながら、職人や工房名を挙げていっている。更にどうやら旅先でも購入したものも混じっているらしく、たまに都市名等も入っている様だ。 「一部は魔界の物なのかぁ……。……魔界かぁ…………あれ? 君は……魔族?」 「そうだ、魔王一族の直系の者だ」 「……直系……って、もしかして……?」 シュトールはエメルが言わんとしている事を頷いて肯定を示した。何だ? シュトールが旅しているのは、案外知られている事なのかな……? そう言えば、出合った当初だった時にグリンフィートも何か言っていた気がするな……。 「現魔王の第一子……! 魔界の第一王子……! こんな所に……!?」 おお……エメルの瞳が更に輝き出したぞ……? そうだ……俺もシュトールに言う事があるんだった。エメルが感動に言葉を失っている内に話そう。 「シュトール、急な話だけど明日から俺と一緒に"ドールマスター"に会いに行こう?」 「……は? "ドールマスター"……? 明日から会いに……?」 シュトールは俺の言葉に不思議そうな声を上げてきた。そりゃそうか……突然すぎるもんな。 そこで俺はシュトールの事を軽くエメルに説明したのと、そこからエメルに"ドールマスター"の案を貰った事を説明した。 俺の説明にシュトールは今度は驚いた顔をしたが、最終的には"ドールマスター"の元へ行くのを了承してくれた。 そして最後は再び魔具の話に戻り、エメルは今度はメモをし始めていた。ま、魔界の王子様が行く店だもんな? 腕は確か揃いだろう、うん。 エメルは「良い話が聞けた~」とかウキウキと喜んでいたが、シュトールは少し言葉少なくエメルに対応していた。別にエメルの質問が嫌では無いようだけど、何か別な事を考えている感じだった。

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