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第82話 魂で踊れ!!ポンコポンコダンス! -1-
―……急がば回れ、ってあるだろ? あれ、たまに本当だよな、って思う。昔の先輩方は良く分かってらっしゃって、凄いと思う瞬間だ。
そして、今、まさに俺は"その瞬間"を味わっていた……。って、味わいたくねぇええぇー!!!
「うわぁああぁぁあっぁ!!!」
そう、俺は今はシュトールと一緒にパラシュート無しで絶賛急降下中だ。つまり、"落下"してるんだよ!!!
眼下を見れば視界に広がるのは、茶色や草木の地面では無く、キラキラと煌く水面だ。これから湖の上って事が予想出来る……よな?
そして左の視界の端に豆粒程度に見える建物……多分、あれが目的のドールマスターが居る砦だろう……。こうして見える程度に本当に近いけど、出現ポイントが細かく選べないのはかえって博打に近くないかな!?
それに対して右には湖面の端と、地面が見える……。本当に逆サイドに出た様だ。
こ、このままでは水面にダイブして、全身ずぶ濡れだ……!
しかもこの荷物が台無しになってしまう……!!
いや、それよりこの落下速度、普通にやばくない?俺らが一番台無しになりそうだ!
「……ッくッそ!!!」
そこで俺はとりあえず肩に掛けていたショルダーを適当に右側の地面のある方へ投げたんだ。ショルダーは羽布の重みが良い感じに働いたみたいで、加速して地面に"ドサリ"と着地した。良し、これで"着水"は逃れた! 中身の状態はとりあえず……気にしない! でも後で必要なら謝ろう……。うん……。
―……そして何でこうなっているのかと簡単に言うとだな、俺の「砦の近くに"扉"の出口ってある?」に、シュトールが即行で扉魔法を発動させてくれたからなんだ。
「……アサヒ! 荷物が……!!」
「は?」
シュトールの声に俺は自分の投げた荷物の方に視線を向けた。
すると、俺の荷物に何か近づく影が……って、あれは……狸? でも、二足歩行してる!?
「に、荷物もだが、シュトール……このまま落下、着水は結構まずい気が……」
「……ん? 確かに……」
おいー! 何で変に落ち着いているんだよー!!
「よし、下に風魔法を起こして、衝撃で衝撃を和らげよう……!」
「……アサヒ、そんな事が出来るのか?」
直ぐ近くを一緒に落下中のシュトールの腕を取り、俺は無理矢理に彼を自分の元に引き寄せた。
落下の衝撃を考えると、もうあまり時間が無い。これ以上の考えを俺は思いつかない……。
「さ……さぁ? でも、もう時間が無い……! 撃つのは一発のみだ、掴まってくれ!」
「……!」
威力とか、どんぐらいの規模とか分からないから、とりあえず……
「こン……ぐらぃ……か!?」
「!!!」
俺の予想通り下に球体の押しつぶされた水面が出来、それによって押し上げられた水流が頭上から……って、当然か!
俺達はその一瞬出来た球体の空間から、一気に水底に落ちた。結局水の中だが、思ったより深く押された。
しかし、こうして水柱の中に取り込まれて、水面下に沈む事になったがあのスピードで着水するより多分幾分かダメージは軽減されている……はずだ。
魔法の加減が分からないから派手に音と水をぶちまけちまったが、身体は動くからあまり気にしない事にする。
俺は直ぐ近くで一緒に落ちたシュトールを掴んだまま、水面を目指した。早く呼吸がしたい。
「……っぷはッ!!」
「げはッ……!」
何とか水面に顔を出して、俺は荒い息を開始したと同時に、口の中の湖の水を吐き出した。
「しゅ、とーる……無事? けはッ……この状態で咽るの苦し……かはッごほッ……」
「なんとか……無事かは知らんが……むちゃくちゃだ……けほッ……けほッ……」
俺の呼び掛けに、近くで浮上してきたシュトールが答えてくれた。彼も幾らか水を飲んだ様だが、多分無事と言える範囲だと思う。
それにしても……着衣で泳いでいるから、重い……!
シュトールの方を見ると、衣服が多いからもたついているのが分かるが。だが、見ると泳げない事は無い様で一応、岸に向かっている様だ……。
岸まで短い距離だが、油断できない。とにかく、着くまでが問題だ。そこで俺は変になるべく冷静に岸へと向かった。
シュトールも考えは同じなのか、変に取り乱したりしないで黙々と俺と同じ目的地に向かっている様で安心した。
そして段々と水面と水底の距離が縮まって行き、最後に俺は完全に地上に立った……。
水を含んだ重い衣服もそのままに、俺はその場に膝から崩れた。"ビシャ"という水音と出して膝と手をつき、俺の身体から流れ落ちていく水を好きに流させたまま、荒い呼吸を繰り返す。ここで息が上がっている事実に再び気が付いた。
「……はぁ……はぁ……ん、く……。ぉ、およぎ……泳ぎ切った……助かった……」
周りを見れば、俺に遅れてシュトールも地上に着いて座って呼吸を整えていた。
そして前方から、わざとらしい程の"ガサガサ"と葉を揺らす音が……。
「あ! さっきの……!!」
「………………」
何を考えているのか、先程のタヌキな魔物が俺達が湖面から地面に泳ぎ切るのを待っていたのだ……! "待つ"って表現が一番しっくりくる。なんせあいつ等は俺が湖面から出て視線を交わしたと同時に、俺の次の動きを気にしながら森へ荷物を抱えて走り出したんだ。……おいおい、トライアスロンじゃねーんだからよ……。せめて呼吸位整えさせてくれ……!
「お、俺の荷物……返せ、よ! はァ……! くっそ! タヌキ!! はぁ……はぁッ!」
そのショルダーの中には、"羽布"とエメルの紹介状が入ってるんだよ! ……あと、俺の色んな私物!!
そして俺の声も空しく、奴らは森の木々の中へ姿を消し始めたんだ……。
「あ! こらッ……待て……!」
「あ、アサヒ……待って……う、上手く動けない……」
「?!」
あれ? シュトール、震えてるのか? ……もしかして、冷静に見えて動揺してる? 見た目じゃ判断つかないな……。
「シュトール……大丈夫……。ほら、俺達今は地面に居るしさ、助かったんだよ……! な?!」
「……ああ、す、すまない……アサヒ……。そうだ、荷物……アサヒの荷物を取り返しに行かないと……! 見失う……」
「ん……! よし、シュトール、負ぶされ!」
「え? ……あ、あ???」
そして俺はシュトールの答えを待たないで彼を素早く負ぶった。お互いずぶ濡れだし、まだ俺の身体が少ししか回復していないせいで足取りは少し覚束ないが、贅沢言っている場合じゃない!
それにあいつ等、絶対俺達を誘っている……。現に立ち止まって「どうするの?」みたいな雰囲気で振り返っているのが、その証拠だ。
エメルの依頼品と紹介状がある以上、俺は絶対に荷物を取り返さないといけない!
「アサヒ、俺多分走れる……」
耳元でシュトールが声を掛けてきたが、悪いがシュトールは……多分俺の脚に着いてこれ無い……。水を含んだ衣服の重さも有るが、何となく運動はあまり得意そうじゃないんだよな……。
「良いから、しっかり掴まってろ!」
「あ、ああ……分かった……」
俺は一応回りの景色に注意しながら、前を誘う様に走っていくタヌキを追っているのだが、お互いの距離は縮まったり伸びたりとまるでゴム紐の様だ。
「なかなか追いつけないな……? 何だあのタヌキ?!」
「……アサヒ、今追っているタヌキ……あれは魔生物……まぁ、魔獣かな? とにかくあれは、"ニードルポンコ"という種族なんだ」
……何だその生物は……。新種なのか?そうなのか? どうなんだ?
まぁ、その生物の外見を簡単に説明するとな……。タヌキの姿で、尻尾が蜂の様に縞模様でまるで蜂のそれに似ているという事だ。結構まんまだ。
「尻尾が特徴的だな? あれは蜂のまさにそれだ……縞々だ」
「ああ、尻尾の中で"針"を生成出来てな、奴等はそれを撃ってきたりするんだ。ちなみに単弾と散弾を器用に使い分けてくるぞ」
「撃つ!? 使い分け!?」
「撃つし、更に普通に刺しても来る……。まぁ、まだ特徴はあるが……」
ええ? 何その生体武器。結構怖いな。スズメバチの様に毒とかは無いのかな?
俺はそんな会話をシュトールとしながら、前方をいまだ走っているタヌキの揺れる尻尾を見ながら追随を続けた。
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