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第87話 刹那の共有 -2-
「よっぽどアサヒに賭けているみたいだ」
「あー……この"呪い"で逃げなくされたから?」
「? のろい?これが、"呪い"?」
「……そう言われた……」
「……違う。これは魔獣特有の防御系の術の一種のものだ」
「……?!」
「……良いか、良く聴いて、これを見ろ」
そう言うとシュトールは自身の着ている袷を少し開いた。出来た隙間から覗いているのは制御紋だ。
そしてその白い肌に刻まれている制御紋に指を這わせながら、シュトールは語り出した。
「俺のこの抑制紋は一生かもしれないけど、アサヒの呪いは彼らの要求が終われば解けるよ、安心して大丈夫。それに"呪い"って言って、少し脅してるだけだ……」
「……………………」
「成功して欲しくて、"身守り"の術を掛けたんだ……。俺からも似た加護をやろう」
「シュトール……?」
「……んッ……」
「……え? ……ぁ……?」
そう言うとシュトールは俺の左手を手に取り、その甲に唇を寄せて術を唱えた。
一瞬"チリッ"とした熱が加わり、シュトールが唇を避けた先にはあのポンコ達とにた痣らしき物が出来ていた。
「ほら、あいつ等と似た痕がついた…………アサヒ?」
「……加護……」
俺はシュトールの"加護"という言葉に、思わず反応してしまった。
シュトールがしてくれた左手の甲を眺めて、かーちゃんを思い出したんだ……。
「……うん、何でもない……。ありがとな、シュトール」
俺は不思議がるシュトールの頭を撫でた。
一瞬しにて与えられたものを見ながら、俺は先程シュトールが見せてきた彼の制御紋の事を思い出していた。チラとシュトールに視線を向ければ、まだ整えていない衣服の袷から、素肌が見えてそこには制御紋が見て取れた。
「……しっかし、シュトールの魔力はそんなに強いのか? ……制御紋……随分有るな?」
「まぁ……、まだ成人してないから魔力が不安定な面もあるが、魔力"だけ"なら今の一族内で一番制御紋を持っているかもしれない……な」
「抑えないと駄目なのか?」
「強すぎるのを放置するのは、かえって危険なんだよ。暴走とかする日もあるし……それにさ……せめてこうしておかないと……」
「うン?」
そこまで言葉を紡いでから、シュトールは突然言いよどみ少し口だけ動かした。言葉を選んでいるのか、見つからないのか……。俺にはどちらでもある気がした。
だから、俺はとりあえず黙ってシュトールの次の言葉を待った。言葉が見つかれば、続きを喋ってくれると思ったんだ。そして、それは案外早くやってきた。
「…………俺のは魔力が強すぎて、近すぎると段々相手の"ここ"がおかしくなって来るみたいなんだ……」
そう言うと、シュトールは寂し気に指を"額"と"心臓"に持っていき、軽く指先でリズムをとった。
「……"心"と"頭"が……?」
「そうだ。濃度の高い魔力に中てられてくんだ。あまり過ぎると一種の中毒症状みたいな感じになると、そう……医師から言われてる……」
「……………………」
俺はシュトールの説明を受けながら、僅かに魔力の放出を常にしているシュトールの体質を思い出した。
「……俺の魔力に生身で耐えられる相手が居ればな……一緒に居たい……かもな? ……居るかな? とりあえず、俺の魔力に長期間耐えられる奴に俺は今まで出会った事が無い……」
「……その従者は……? その……長いんだろ?」
「……あいつは所詮、"鎧"越しだ。付き合いは長いが、そういう事じゃない」
「?」
「俺が指す"相手"、ってのは、"最後まで直に肌を合わせられる相手"の事だ、アサヒ」
「―……ぁ、ああ、そう言う事……」
「"そう言う事"だ。旅していれば、どこかで会えるかと……思っているんだけど、そう上手くはいかないな……」
そう言って俺から視線を外して、シュトールはどこか遠くを見る目をして、再び瞳を閉じて今度は俺の方に顔を向け、瞳は閉じたまま喋り出した。
「疲れているのかな? 妙な話をした……」
「いや……」
喋りながら、シュトールは瞳を開こうとはしないで、暫し閉じたままで俺と向き合っていた。瞳を閉じていた時間は多分、僅かだろうが計器等が何も無い分、俺はそれが少し長く感じられた。瞳を閉じたシュトールは何を考えているのか……瞳から意思を読めない分、彼の心情を量る事は難しいものに感じられた。
そしてやがて浅く息を吸って吐くと、今度は瞳を開いて話し始めた。
「……どのみち、早く"人形"に行き着いて良かったのかもしれない……。俺は相手が見つからないかもしれないし……」
「……シュトール…………」
「……何だ、頭を撫でるな……」
「…………見つかるよ、多分……良い奴が……」
どうしようもない……気分になった。漠然とした何かを……俺は緩く感じながら、シュトールの頭を撫でる行為を選択した。シュトールに何かしてあげたくなったんだ……。もどかしくて、どこか切ない……先の見えない感傷的な感情が俺の中に生まれた瞬間だった。
「ん……」
「ぅん……?」
そこで俺はシュトールの左手の取り、薬指の付け根に一つ、口付けを落とした。
「……じゃぁ、俺は……シュトールに"良い人が見つかるお呪い"……?」
「…………アサヒ…………このお呪い、疑問系なんだ……? ははッ……!やっぱりアサヒは俺の周りには居なかったタイプだな……」
「……ははは……」
「嬉しい。アサヒ、俺……何だか嬉しいよ」
そう言って、シュトールは俺の手を取り、絡めながらゆっくり微笑んだ。
―……俺はシュトールと絡んでいる手を見ながら、彼に提案してみた……。
「……じゃ、少し俺で試してみる……?」
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