6 / 9

第6話

「キミが、チヒロくん?」 「ええ。チクさん。ですね?」 「うん」 指定された場所と時間に指定した物を持って現れる男。 「本当に、俺でいいんですか?」 「もちろん。随分と当たりを引いた気分だよ。じゃぁ、行こっか」 新しい男が欲しかった。何も知らない、まっさらな男が。 「ホテル、じゃないんですね」 「うん、オレの家。……怖い?」 高層マンションの前で頭を低く下げ話す男は、自分の倍以上あるのではないかと思う腕や脚。目線の先には、シャツを押し広げんばかりの、鍛え上げられた筋肉。 「やっぱりやめとく?」 「……」  ネットで知り合ったこの男に、不感症であると話した。セックスが気持ち良くなりたいと。心の中で燻っている火を誰かに消してもらいたいと。 「壊して、欲しいんでしょ?」  康介とのあの時間を誰かに上書きして欲しかった。 「……はい」  男の部屋はマンションの最上階。それも、ワンフロワーに男の部屋だけ。 「ここのセキュリティが気に入って買ったんだ。こちらから招き入れないと、ここまで上がって来られない」  意味ありげに笑う男にゴクリと唾が喉元を通る。関係者以外ここに来ることは出来ない。裏を返せば、何かあっても誰も助けてはくれない。 「これがラストチャンスだ。引き返すなら今だよ」  この扉をくぐったら、後戻りはできない。いや。戻る場所なんてどこにもない。 「平気、です」 「そう?ならいいけど……」  そう言って男は扉を開く。  これで終わる。何もかもから、解放される。

ともだちにシェアしよう!