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第8話

  「―― さ、着いたぞ」   そのお店のドアマンらしいロマンスグレーの   小父さんが車外からドアを開けてくれた。      えっ ―― ドアマンなんているの?      少し、焦りつつ、降り立った目の前にあるその   レストランの外観を見て、足が動かなくなった。      どう見ても ”安くてボリューム満天系”の   庶民的なお店ではない。       「あ、あの―― このお店、ドレスコードとかは……」 「さぁな。服着てりゃあ充分だろ」   どんどん歩いて先を進む鬼束さんに、ただペット   のようについて行くしかなかった。        ***  ***  ***     「いらっしゃいませ、鬼束様。ようこそおいで下さい  ました」   気持ちの良いマネージャーの挨拶。   まるで、上得意客にでもなったかのような   出迎えだった。       「こちらへどうぞ ――」   案内された席は、間違いなくこのお店で   1番良いお席。      完全な個室ではないけど、一般のお客がいる   スペースとはお洒落な衝立で隔たれていて。   目の前には手入れの行き届いた、   見事なイングリッシュガーデンが広がっている。         「わぁ ―― キレイ……」   思わず、感嘆の言葉が洩れた。       「実は、ココ、入社試験代わりにと、社長から初めて  1人でコーディネートを任された店なんだ」       えっ、入社試験代わりって……じゃ、今の俺と   ほとんど変わらない年の時、こんな大仕事を   やってしまったの?      しかもたった1人で!      いきなり見せつけられた彼の意外な一面に   尊敬の念を、また新たにした。         そして、その端正な顔立ちと、   無邪気そうにキラキラ光る澄んだ瞳に……   思わず見惚れる。      これがデートなら、お伴のパートナーは   間違いなくイチコロだろう。      あぁ、危ない 危ない……危ない?!    一体何が?      危うく、俺までもが勘違いしちゃうところだった、   この人と俺はそんな関係ではない。      と、言いながらも、俺は彼の大人な立ち振舞いに   すっかり惹き込まれていた。       「―― とても美味しかったです」 「喜んでもらえて良かった」   デザートも食べ終わり、しばらく食後の   エスプレッソを楽しんでいると ――    そこへこれまた、鬼束さんに負けず劣らず   端正な顔立ちのハンサムさんがやって来た。       「柊二、来るならもっと早うに連絡よこせよ」 「んン ―― お前に会うつもりはなかった」   けど、このハンサムさん、よ~く見ると顔の作りが   鬼束さんと似ているような気がした。       「相変わらず冷たい奴ちゃなぁ~」 「仕事の途中で寄っただけだし」   ホント、見れば見るほどそっくりに見える……。       「あ、こいつはオレの兄貴、この店のオーナーシェフ  なんだ」 「へぇ~、お前が連れてきた子紹介してくれたの、  初めてやなぁ。初めまして、柊二の兄で伸吾言います  宜しゅう。ところで、こいつにはもう食われた?」   「えっ?! あ、いや、何と言うか……」   あぁ、あかん……ボロボロやわ。    「柊二のストライクゾーン、ど真ん中やな」   と、ニヤリ不敵な笑みを浮かべた。                  「からかうなよ。言ったろ? 彼はこの前オレの  応急処置をしてくれた命の恩人」   「あぁ! この子がそうなのかぁ! ね。フルネーム、  おせーてくれる?」 「桐沢倫太朗と言います」 「倫ちゃんか。キミに似合いの可愛い名前やね。  柊二に愛想が尽きたら  いつでも俺んとこにおいで?」       伸吾さんは、言いながらウィンクを送ってきた。         初対面とは思えないくらい、   いいようにからかわれ、   何度も真っ赤になった俺。      けど、真っ赤になる度、また心臓が高鳴った。      コレって、もしや……。      まさかね。      鬼束さんと俺じゃ、まさに ”月とスッポン”だ。      オトナのジョークくらい、さらりと躱(かわ)せる   ようにならんと。      自分へ言い聞かせる。      何か、普通に仕事するより疲れちゃったよ……。         とは言え、ちゃっかりご馳走して頂き、   お店を後にした。      帰り際に伸吾さんが、投げキッスを飛ばしながら   言った。       「キミの為ならいつでも一番の席を用意するから、  またいつでもおいで。未来の若奥さん」       も、伸吾さんてば……。    ***  ***  ***   一か所、鬼束さんの仕事の取引先を   回ったので、京都御所の横を通過した頃には、   午前1時を回っていた。       「あっと、いけね。つい調子にのって連れ回してたら  こんな時間になっちまったな。先生の自宅まで  ナビしてくれるか?」   「あ、そこいらで落としてくれれば、自分で適当に  帰りますから」 「いや、食事に付き合ってくれたお礼だ。  送らせて欲しい。それとも、よう知らん男に  自宅を知られるんは怖い?」   「いえ、そんな事は……ほな、四条通りの方へ ――」 「あ~ぁ、ダメダメ」 「へ?」 「先生ぃ、いくら男だからって無防備過ぎる。  近頃は先生みたく若くてピチピチの男が大好物  だっていう輩もいるんだからさ。もう少し、危機感?  ってもん持たなきゃ」     (若くてピチピチの男が大好物って、そりゃかなり    マニアックなタイプだろ……) 「ほな、祇園四条駅の近くで降ろして下さい」 「送らせてはくれんのかぁ……」 「ほな、どうすればええんですか??」   鬼束さんはいたずらっ子みたいに笑って。       「ごめん ごめん、お前からかってるとマジ  面白いから」 「鬼束さん ――っ!」 「ほな、惣右衛門筋のセブン-イレブンの前で  ええな」   俺はハッとした。      鬼束さんの言った、   惣右衛門筋のセブン-イレブンから   俺の自宅までは徒歩2~3分。      一番近くにあるコンビニなんだ。      もしかしてぇ……俺のパーソナルデータなんか   既にリサーチ済みだってか?            間もなく車はセブン-イレブン前の路肩へ   横付けされた。       「気を付けてな。お疲れ様」 「お疲れ様でした。あと、食事、ごちそうさまでした」 「あんなんでよかったら、また一緒に行こう」 「はい、是非」   返事をして、車から降り立ち。バタン! と、   ドアを閉めた。      ゆっくり走り出した車のテールランプを車の形が   小さくなって完全に見えなくなるまで見送り、   自宅へ足を向けた。

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