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第16話

  最近、倫太朗の様子が可怪しい。   目を真っ赤に充血させていた。   殴られたような跡……。   ハナシは上の空で、   時々酷くふさぎ込んでるような時もあった。   日常業務は何とかこなしているが、   こっちが注意していないと信じらんないような   ポカをやらかす。   昨日は入りたての看護助手にまで   凡ミスを指摘され、   真っ青な表情で平謝りしていた。   チームでの病棟回診や勉強会で一緒のメンバーとの   調和も上手く行ってないようだ。   あちらこちらにから倫太朗に対する苦情が   外科主任・各務大吾の元へ持ち込まれる。   悩んだ大吾は倫太朗へ   ”しばらく休暇を取るように”と勧めるが。   相変わらず倫太朗は”大丈夫です”の一点張りで、   聞く耳を持たなかったという。   幸いダブルチェックで事なきを得たが。   今日は、チームで受け持っている心臓病の   入院患者への投薬量を間違えた。   ダブルチェックしていなかったら、   今頃、訴訟沙汰の大問題に発展していた。   今のうちに何とかしなきゃ……   いつも怒っているように見える、と言われる表情を   更に渋くして、鬼束は考える。 「―― あぁ、倫はどうした?」 「桐沢先生なら、もうあがりましたけど」 「そっか……」   確か、あつしとは同期で結構仲も良かったよな。   そっちから当たってみるか。   鬼束は席を立った。  ***  ***   その頃、問題の倫太朗は、チームのメンバー達に   ロッカールームで囲まれていた。 「―― 何だよ」 「俺達の言い分は分かってるだろ」 「さぁね。んな事考えてるヒマはないから、失礼」   と、メンバー2人の間を強引に割って、   自分のロッカーへ進み、着替え始める。   実は数時間前に迫田から呼び出しメールが   入ったのだ。    ”仕事が終わり次第すぐに烏丸口の新都ホテルへ     来い”     との事だった。     こういう迫田の上機嫌を損ねると、後々面倒なので   倫太朗はかなり焦っていた。   時間に遅れようものなら、何をさせられるか   わかったもんじゃない。   因みに、緊急オペが時間通りに終わらず、   約束に遅れた時は ――   夜のハッテン場として有名な公園で1人Hと   青姦(野外でのセッ**)を強要された。 「桐沢っ! 俺達メンバー全員お前のせいでえらい  迷惑被ってる」 「主任の指示通り休暇取る気がないなら、  チーム外れろよ」   白衣から私服に手早くチェンジし倫太朗は、   交戦的な視線で一同を見据えた。 「外したきゃ、外せばいいだろ。俺も1人の方が  やり易い」   ホントはこんな事言いたくないのに、   時間に焦るあまり   心にもない言葉を口走ってしまった。 「何だとっ! 人が下手に出てりゃあいい気に  なりやがって」   怒りの表情を露わにしたメンバーが   倫太朗の胸ぐらを掴んだ、ちょうどその時。    『いやぁ~参った参った。    **号の羊(よう)さん ――』と   国枝あつしが入って来たので、   その一瞬で一触即発の危機は薄れ、   メンバーは倫太朗から手を離した。 「ん? ―― どうしたん?   何かここだけ雰囲気暗いな」   さっき倫太朗に殴りかかろうとしたメンバーが   先に出て行くと、他のメンバーもゾロゾロと   後に続いてロッカールームから出て行った。   倫太朗も、しばらく間を置いてから戸口に   向かうが。 「待てよ」 「何か用?」 「お前、最近めっちゃ評判わりぃーぞ」 「だから?」 「何があった?」 「あつしには関係ない」   倫太朗は、また心にもない言葉を吐いて、   足早に出て行った。 「りんっ!」      足早に玄関フロアーを横切り、通   用口ではなく正面玄関から出て行った倫を見て、   受付のクロージング作業をしていた医事課職員・   森下利沙も心配気な溜息をついた。   カツ カツ カツ カツ ――――   静まり返ったフロアーに靴音が響き、   ロッカールームの方からあつしが小走りに   やって来た。 「あ、利沙、倫の奴どこ行った?」   利沙は黙って玄関の外を指差した。   倫は表のタクシー乗り場からタクシーに乗って   走り去ったところだった。 「チッ ―― タクシーかよ……」   利沙はあつしの双子の姉だ。   倫・あつし・利沙の3人は、   保育園から大学まで何と!   トータル21年間一緒で。   こうして社会に出て、就職してからも変わらぬ交友を   保ってきた幼なじみだ。 「……あの子、絶対何か隠してるよね」 「お前、あいつから何か聞いてないか?」 「そうゆうあんたは? 男同士でしょ」 「今さっき、俺には関係ない事だって、  突っぱねられた」 「関係ない事、ね……けど、私には倫が助けてって  言ってるように思えるんだけど」 「……俺、これからあいつのマンション行ってみるわ」   嫌な胸騒ぎに気圧されるよう、   あつしは小走りに立ち去った。  ***  ***  ***   昨夜の待ち伏せでは会えずじまいだったが、   翌日、あつしは通勤途中の倫太朗を捕まえた。   しかし、その顔に色濃く残ったアザを見て ―― 「お前、そのカオ……」 「何でもない、ちょっとケンカしただけ」   倫太朗はあつしの制止を振り切るように   歩き出した。   顎の辺りが腫れているのは分かっている。   話しをするのに、口を開くのも辛い。   口の中が切れてるから、   昨夜は何も食べられなかったし。   今朝もカップスープを半分飲んだだけだ。   本当なら今日は休みたかった。   でも、子供のいじめられっ子じゃあるまいし、   大の大人がケンカしたくらいで休む訳にも   いかない。   きっと、病院でもさっきのあつしと同じような   視線を向けられ、あれやこれやいらん事まで   聞かれる。   それが嫌だった。   あぁ ―― 気が重い……。   昨夜、手酷く迫田にヤラれた。   後、数回……あと、もうちょっと、   そう思ってヤラせている。   でも、あんまりしつこくて途中で逃げようとしたら   顔面をグーで殴られた。   ハラが立って殴り返してやった。   あいつの部屋がめちゃくちゃになる位、   暴れてケンカした。   だけど、腕力では到底あいつに敵わなくて。   まだ、素っ裸だったから外へ逃げる事も   出来なくて。   最後には力ずくでねじ伏せられ、散々ヤラれた。   抵抗する気力さえなくなるまでヤラれた。   これで終わりにしてくれと、最後には自分から   惨めに泣いて懇願した。 『―― 後ひと月、*月までだって約束したろ』   迫田は最後にそう言って、キスをした。   そう、何とか今をやり過ごせば ――   *月になれば、全て終わる。   そしたら、もう、しなくて済むんだ。   号待ちで立ち止まった倫太朗に、   あつしがやっと追いついた。 「倫っ! いい加減もう、虚勢は張るな。  お前はいつもそうやってヤセがまんで切り抜けようと  する。いい年こいて、心配ばっかさせんじゃねぇ  よっ」 「……」 「頼むからさ、倫……心配させんなよ……  何があったのか話してくれ」   あつしと利沙は、   他の連中がどんなに自分をハブいても   いつも味方でいてくれた……ずっと傍に   いてくれた。   一番大切な友達……。   だから、余計にそんな2人には心配かけたく   なかった。 「……た、頼んでない」 「あぁっ?!」 「頼んでないっ。心配なんて勝手にすんなっ!」   泣きそうになって、あつしを振り切り、   横断歩道を駆け出した。    「おい、倫、待てったら」    あつしの声が後ろでするから。   倫太朗は無我夢中で必死に突っ走った。 

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