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第17話
いつもの倍以上の時間を費やして
迫田との情事を終えた倫太朗は、
まだ未練がましく縋ってくる欲情魔を適当に
あしらい手早く服を身に着けその客室を後にした。
体中がベトベトで気持ちが悪い。
一刻も早く穢れた体を洗い清め温かなお風呂に
浸かりたかったが、それよりも迫田から
離れたいという気持ちの方が勝った。
これで長かった1日もやっと終わり……。
自分の部屋へ帰って、ゆっくりと至福のバスタイム
ビールを飲みながらテレビのニュースを見る。
そんな、いつもと変わらぬ日常に戻れるハズだったが。
いつも日常には予想もしない誤算がつきもの
なのか?
昼過ぎからポツリ、ポツリと降り出した
予想外の雨で外は一面水浸し状態だった。
ホテルのエントランスロビーにある大型液晶テレビの
スクリーンに映っている、ニュース番組でも
この集中豪雨で ――――
市内の主だった交通機関は完全な麻痺状態に陥って
しまったと報じている。
玄関前のタクシー乗り場は空車待ちの人々で
長蛇の列。
念の為にフロントカウンターで無線タクシーの
配車状況を問い合わせてみたけれど、
この雨で近隣のタクシーは全て出払っており、
待ち時間の予測は出来かねると言われた。
とりあえず、アパートに一番最寄りの駅まで
地下鉄で行って、そこからは歩くか?
根気強く無線タクシーを待つか?
それとも、いつ止むとも知れず
未だに降り続いている強い雨が止むのを、
ココでただヌボーっとしたまままつか?
そんな事を考えつつショウウインドー越しに雨空を
恨みがましく見上げていたら ――、
『おぉ ―― 倫太朗、センセ?』
「??」
まさか、こんな所で知ってる人に鉢合わせ?
倫太朗は出来るなら無視してやり過ごしたかった
けど ――、
声の主はすぐそこまで来ているのが気配で分かり、
今更無視する訳にもいかず、ゆっくり振り返った。
「あぁ、やっぱり、センセだぁ」
192センチ・120キロという見事な巨漢を
揺さぶるようにして現れたのは、鬼束だった。
「いやぁ、それにしてもこんな所で会うなんて奇遇だな」
「ええ、ホントに……」
(悪夢だとしか思えない。何も、こんな時に
鉢合わせなくたって良かったのに……)
『―― 鬼束様、お待たせ致しました。お車のご用意が
整いましたので、こちらを』
と、ホテルのバレットパーキング係が鬼束へ
車のキーを手渡した。
「あぁ、ありがとう」
「―― じゃ、俺はこれで……」
「待てよ。どうせ帰る方向は一緒だ。乗ってけ」
「えっ、でも……」
鬼束は一向に減らないタクシー待ちの人々を示し
「あんなので待ってたら夜が明けちまうぜ。
JR・バス・地下鉄公共の乗り物だって、
何時動くか分かんねぇだろ」
「……」
*** ***
(あー、酒飲んでなくて正解やったなぁ……)
運転を続けながらナビを確認。
あの信号を左に入って、先の交差点は直進、
みっつ目の信号を右 ――、
よし、大体分かったが。
マンションの前までは来て欲しくないらしいし……
2~3軒くらい手前で降ろしてやるか、
と鬼束は考えた。
”もう、ここの辺りで”と、
恐縮しきりで何度も言う倫太朗を、
ギリギリまで送る。
そうして、やっとマンションの手前で車を停めると
「本当にありがとうございました。お気をつけて
お帰り下さい」
―― 深々と頭を下げられてしまった。
ホテルでは「―― どうせ帰る方向は一緒だ」と、
言ったが。
本当は、ここからでは車でだって片道1時間は
かかる郊外の分譲マンションへ先週引っ越した
ばかりだった。
送りついでに、倫太朗との何気ない会話の中から
何かを繋がりを探り出せないものか?
と考えたのだ。
だけど、倫太朗は終始言葉少なで、
暗い視線をずっと車窓外に泳がせたままで。
どうにも会話のきっかけが掴めなかった。
「―― 階段滑るぞ。落っこちるなよ」
「もうっ。子供じゃないんだから、大丈夫です」
そう。子供じゃないから、余計気になる。
「ありがとうございました。お休みなさい」
近道を教えてもらい、見送られた。
―― でも。
不意に、警察の霊安室で身元確認した時の親友の
死に顔が脳裏に浮かんだ。
何故、今 ――??
親友の表情は驚くほど安らかだったが、
顔と身体中のあちこちに酷い暴行を受けた
擦り傷・切り傷・刺傷・内出血の痕が残されていた。
「……」
そんな光景がまざまざと蘇り ―― 心がざわめく。
鬼束は、はやる気持ちを抑えるように同じ区画を
もう一周した。
びしゃびしゃと雨を吹き飛ばすような勢いで
夜の雨道を突き進むランドクルーザー。
すれ違う車も少なくなった静かな住宅街。
夜が更けて、急速に冷却された雨は
タイヤがやたらスリップするので
あまりスピードも出せない。
そのままゆっくり徐行して、
さっき停めた2軒手前の家の前から、
マンションの階上を見上げた。
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