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第18話

  倫太朗の部屋は3階の角部屋。   階段を登り切ってすぐの部屋だ。   ……ん?   その倫太朗の部屋の前で何やら対峙している   人影が2人分。   派手なスタジャンを羽織った男=迫田と、   さっきまで助手席にいた倫太朗だ。   何だ、友達か……と、思ったが、   よくよく注意して見りゃ様子が可怪しい。   だいたい、こんな冷たい雨の日に外で立ち話しでも   ねぇだろ?   たとえすぐに済む用事でも、玄関の中くらいには   入れるもんだ。   何事もなきゃいいが……。   鬼束がその2人から目を離さず、車を降りようと   したところで。   ―――― ?!   迫田が倫太朗の抵抗を無理矢理に封じて   往復ビンタを食らわせ、   口付けを迫る姿が目に飛び込んだ。   鬼束は瞬間、カッと頭に血が昇り、   パッパーーッ!! 手の平で思いっきりクラクションを   鳴り響かせた。   その音に驚き、慌てて倫太朗から離れた迫田の   向こう側に ――   俯き、力をなくした小さな倫太朗が見えた。 「りんたろ、忘れ物だっ!」   大声で声をかけると、   とっさに顔を上げた倫太朗と階下から見上げていた   鬼束の視線がカチ合った。   オレんとこへ来い、倫太朗。   あの時のオレはあまりにも無知で、   あいつが心から発していたSOSに気付いてさえも   やれなかった。   今のオレなら力になれる。   イヤ、必ず力になってやる。   車を前進させ、アパートの階段下に横付けで待つ。   そして、助手席側のドア前に降り立った倫太朗に   助手席シートを示す。 「?? ――」   倫太朗は小首を傾げながらドアを開けた。 「すいません、それ俺のじゃあ ――」   それは柊二が明日のカンファレンス用に用意した   会社の収支報告書だ。       ま、倫太朗の忘れ物ではないが、   全く無関係の物でもない。 「わりぃ~、コレ、明日のカンファに使うからチェック  して要点まとめといてくれねぇか」 「あ、そうですか、分かりました」   その資料の中身を確認しようと、   倫太朗が半身屈めて   車内へ身を乗り出した時。     鬼束は倫太朗のコートの背中を掴んだ。 「え”っ?!」   疑問を投げかける声と視線。   右腕の力だけで軽々グイッと一気に倫太朗を   車内へ引き入れ。   そのまま胸元へ抱き止めた。 「ちょっ、おに ――」 「あの男とはどうゆう間柄?」 「あ、え、えっと……」   まさか、鬼束から今そんな質問をされるとは思って   いなかった倫太朗は言葉に詰まる。 「答えたくないなら今無理に言わなくてもいいが、  殴られたのは初めてじゃねぇな」    ”見られてしまった!”   倫太朗の顔が羞恥で更に赤くなる。   往復ビンタを食らった頬は痛々しいまでに、   赤く腫れあがっている。 「あ、あのコレは俺があまりにトロくて、  彼をイラつかせて……だから、悪いのはみんな  俺で……」 「どんな理由があったにせよ、暴力だけじゃ何の解決  にもならん」   怒りに爆発しそうな自分を必死に抑える。 「……お、鬼束さ?」   抱きしめたまま、   倫太朗を乗り越え両膝を折らせて、   バンッ! 助手席のドアを閉めた。   迫田がアパートの階段を慌てて降りて来たのが   見える。   カツ カツ カツ  ――――   鉄階段を踏みしめる靴音を背中で聞いた   倫太朗が、微かに怯えた表情で鬼束の   ジャケットを掴む。 「あのぉ、どうかしましたぁ?」   そいつに受け答えする為、   奴が立っている助手席のパワーウィンドウを   半分程下げた。   とたん、冷たい風とミゾレに変わりつつある雨が   容赦なく吹き込んでくる。 「いやぁ、別に急ぎではないんですがついでだから、  今のうちに明日の打ち合わせも済ませておこうと  思いまして」   迫田は少し眉をひそめた。   そりゃあそうだろう。   鬼束は未だに倫太朗の頭をがっちり抱え込み、   自分の胸元へホールドしているのだ。   そんな体勢を目の当たりして    「―― 明日の打ち合わせ」が云々と言われても   素直に納得出来る訳はない。 「はぁ……仕事なら、いた仕方ありませんけど、  なるべく早く帰して頂けると助かります。実は僕、  今日アメリカから帰国したばかりで弟と会うのは  2年ぶりなんです」   はぁ~……弟に往復ビンタして無理矢理キスか?   優しいお兄ちゃんだな。   それに、倫太朗に匡煌以外の兄貴がいたなんて   初めて知ったぞ。   英恵さんはいつの間に倫太朗の兄貴を   産んだんだ?   鬼束と倫太朗の兄・匡煌は大学が同期で、   匡煌の単身赴任中もちょくちょく現地で   会っていた飲み友だ。 「はぁ、出来る限り善処してみますね」   にこやかに言って、パワーウィンドウを上げた。   もちろん、倫太朗を2度とこのマンションによこす   気はない。   やっと倫太朗の頭を解放してやり    「シートベルトを」と、指示を出す。 「あのぉ……」   心配気な倫太朗が鬼束を見返す。   エンジンをかけ、ゆっくりアクセルを踏み込み   ながら鬼束は答えた。 「心配すんな、悪いようにはしない」 「……」 ***  ***  ***   軽い振動と共に鬼束運転の車は、   そのマンションの地下パーキングへ停まった。   鬼束は素早く運転席から降り立ち、   助手席へ回ってそのドアを静かにそうっと開けた。   それと同時に、そのドアへもたれて眠っていた   倫太朗が倒れ込んできた。   倫太朗はぐっすり眠り込んでいる。   鬼束は倫太朗を”よっこらしょ”と、姫抱っこし、   **階の自室へ向かったが。   部屋のドア前に立った所で、思い出した。   まだ、引っ越し荷物はほとんど手付かずのままで   放置されており、室内は惨憺たる有様だという事を   急遽、同じマンションの最上階へ向かう。   大吾家族(ファミリー)が住んでいるのだ。   大吾は宿直で不在だったが、幸い、   大吾には出来過ぎの新妻・まりえが鬼束と倫太朗を   快く迎えてくれた。  ***  ***  ***   とく  とく  とく …………   心地良い音が聞こえる。   温かく、優しい何かに包まれて、倫太朗は   いつにない安らぎを感じていた。   久しぶりに深く寝入った倫太朗は、   大きな動物のフカフカの毛並みに包まれている、   そんな不思議な夢を見ていた。   柔らかくて、触り心地の良い毛並みは艷やかで   温かく。   やんわりと包んでくれて、嫌な事も忘れさせて   くれそうな気がする。   大きな肉球のある手でやわやわ頭を撫でられて、   嬉しすぎて、また涙が出そうだった……。   

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