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第20話

  倫太朗のマンションの明かりは消えていて、   ドア外から耳を澄ませても室内からは   物音ひとつ聞こえてこなかった。   試しにドアチャイムを長めに鳴らしてみたが、   応答もなし。   ため息をつき踵を返しかけて、ふと思いつき、   ドアノブを回してみてもドアは施錠されたまま   だった。   鬼束はもう、なりふり構わず倫太朗の友人・知人の   類に電話をかけ。   夕方病院から出た時に満タンにした車のガソリンが   空になるまで、倫太朗の行きそうな場所を   手当たり次第に探しまくった。   で、そんな場所の心当たりも底をついた   夜半過ぎ――。   あと、一か所だけ行ってない場所がある事に   気が付いた。    今から高速をぶっ飛ばせば、   倫太朗が一番好きだと言っていた、夜明けの   景色を見る事も出来るだろう。 ***  ***  ***   3日前、病院総務へ有給休暇願いを提出し倫太朗は   自分の部屋へは戻らず、   何時間も行く宛もなく街を彷徨い歩いた挙句、   ほとんど衝動的に最寄りの駅から飛び乗った電車を   何本か乗り継いで、とある小さな漁港の町に   降り立った。   そこは、倫太朗が星蘭大に受かった記念にと鬼束が   連れて来てくれた荒瀬海岸。   地図でも、虫眼鏡がなければ見つけられないような、   こじんまりとした海岸だ。   1日目の夜は、親切な駅員さんが勧めてくれた   民宿に泊まった。   人の生命(いのち)を預かる仕事上、   倫太朗達医師はプライベートな休暇中であっても   緊急の呼び出しには即応じられるよう、   居場所の申告も義務付けられていた。   が、今回倫太朗のこの行動はあくまでも衝動的   なものだったので、当然倫太朗がここにいる事を   知る人間はいない……。   次の日も ――    また、次の日も結局、朝から1日堤防に座って海を眺め   気が付けばまた1日が終わり。   また次の日も、夜明け前に堤防へ出た ――。   風はちょっと強いけど暖かい……初めて鬼束と   来た時と同じだ。   この漠然とした不安も、あの時抱えていたのと同じ。   ちょっと優しくされたくらいでいい気になって、   ほんのちょっとでも ”もしかしたら ――”    なんて淡い期待を持ったのだとしたら、   非常な現実を突きつけられる前に、そんな幻想など   さっさとドブへでも捨ててしまえ!   鬼束先生は今現在在籍している中堅医師の中では   大吾チーフの次に准教授に近い人材と目されている   優秀な医師だ。   もし本当に教授のお嬢さんとの縁談が本決りに   なったのだとしたら、自分は潔く身を引くべき   なんだ。 『―― 倫ちゃ~ん……倫ちゃ~ん ……』   その声に”?”と、顔を向けると。   一昨夜からお世話になっている民宿の   経営者ご夫妻の娘・祐子がこちらへ走ってきた。   よく見れば、手には携帯電話をしっかり持っている。 「携帯、充電したまんまで忘れていったでしょ」   別に忘れて行った訳ではなく、   持っていれば里心が芽生え誰かの(特に鬼束の)   声が聞きたくなると思って、   わざと置いて来たのだ。 「あ、わざわざ持って来てくれたのー?   ありがと、祐ちゃん」 「たろーのバカが間違って電源入れちゃったけど」   その、言葉には倫太朗も少し動じたが。   つとめて平静を装う。 「あ、ヘーキヘーキ、ちょうど入れなきゃって思ってた  ところやし」   と、何の気なしに見た着信履歴は鬼束とあつしの   ものばかり。しかも、数分置きにかかっていた。   (!! 鬼束センセ……あつしぃ……) 「じゃ、私は戻るね。あ、父ちゃんが今夜は倫ちゃんの  為にご馳走用意したから、陽が暮れたら早く帰って  来いってさ」 「うん、ありがと」   若々しい足取りで戻って行く祐子を見送って、   もう1度携帯のディスプレイに目を戻すと ――   着信音がヴァイブレーションと共に電話の   着信を知らせた。   発信者表示は、鬼束。

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