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第21話

  一方その頃、鬼束は何度もリダイヤルで   発信し続けても、応じる気のなさそうな倫太朗に   苛立ちながら、セダンで高速をひた走っていた。   それが倫太朗自身の意思でなかったにせよ、   3日前から入れられる事のなかった倫太朗の   スマホの電源が入った事で、   そのGPS機能を使い鬼束はやっと倫太朗の   居場所を確定する事が出来た。   **町まで約**キロ ―― という、道路標示が   頭上を過ぎて行った。   鬼束は、もう1度ダメもとで倫太朗へ発信した。   トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、   トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル …………   やっぱりダメか……と、諦め切ろうとした時 ――   カチャ、   倫太朗がやっと応じた! 「もしもし、りんっ、お前突然姿くらますなんて  何考えてんだよ。今、そっちに向かってっから  絶対逃げんじゃねぇーぞ」 『えっ ――』 「ハハハ――ま、仮に逃げたとしても、  オレは地の果てまでも追い詰めて、  逃がす気ぃなんぞ更々ねぇーけどな」 『……な、なんで、俺、なんかの、ために……』   倫太朗の掠れた声に鬼束は表情を曇らせた。 「それ、知りたいんだったら、ちゃんとそこで  待ってろよ」   グスンと鼻を啜る音がして倫太朗は泣いていた   んじゃないかと思った。 「……それとも……もう、オレには会いたくねぇ?」   鬼束の問いにしばらく倫太朗の答えはなかった。   しかし急かすことなく鬼束は黙って携帯を強く   握りしめた。 『……あ……いたい』 「すぐ行く!」   鬼束はグイッとアクセルを踏み込み一気にスピードを   アップした。   もうすでに切れたスマホを握りしめたまま   倫太朗は固まっていた。   ”……どないしよ、鬼束センセが、来る”   ハッ!と我に返って自分の姿を思い出し、   宿へ取って返して洗面所に飛び込んだ。   鏡に映る腫れ上がった瞼にため息をつく。   ”とりあえずこの顔をなんとかせんと!”   バシャッバシャッと冷たい水で顔を洗い、   女将さん ―― 祐ちゃんのお母さんにもらった   保冷剤で瞼を冷やした。   ”あぁ! 早よせんと来ちゃう!”   シャワーは無理。でも着替える?   いや部屋の掃除が先?   うろちょろ、右往左往 ――――   祐子とその弟・太朗も、   目をまん丸に見開いて見守る中、   バタバタ部屋と洗面所の間を無駄に   往復していると、   ガラ ガラ ガラ ――、   表玄関の扉が開いた音がして、   それに続いて男の(鬼束の)声が ――。 『御免下さ~い』   ”だるまさんがころんだ!”   倫太朗はその場でピタリと動きを止めた。     「は~い」   応対には女将さんが出たようだ。   玄関先で短い挨拶を交わし、   2階の倫太朗が泊まっている部屋へ鬼束を   案内していく。   本当に鬼束センセは来てくれた、けど……。   やっぱり、好きになっちゃダメだったのに……っ。   今になってそんな風に考えていると、   まるでその胸中を見透かしたように女将が言った。 「コラッ。何、今になってグダグダイジケてるのよ。  こんな寂れた所までわざわざ迎えに来て  くれたんだよ。自分が惚れた男を信じられないで  どうするんだい?! 」 「女将さん……」 「そ。母ちゃんの言う通りだよ倫ちゃん。  思い切って彼の胸へ飛び込んじゃえ」 「祐ちゃん……」 「ホラ、シャキッとして! シャキッと」   太朗が倫太朗に活を入れ、   その手を引いて部屋へと導く。 「あ、タロくん……」 「―― じゃ、後はしっかりね」   と、太朗が立ち去った後も倫太朗は部屋の襖の前で   どうするべきか?   踏ん切りがつけられないで立ち竦んでいると――。   先に、部屋の中から襖は開かれた。 「!! おにずか……さ……」   鬼束は言葉を交わすよりも、   部屋の中から倫太朗の腕を掴み   自分の方へ引き寄せながら倫太朗を室内へと誘った。   そして、やっと3日ぶりに最愛の恋人を手中に収め、   ほぅ~っと安堵の吐息を漏らした。 「鬼束さ……」 「オレに黙っていなくなるな……お前の居所が  分からなくなって、オレは頭の中が真っ白になった。  お前の行きそうな所を手当たり次第に探しまくって、  結局最後はここしかないって……携帯のGPSで  お前の居場所を掴めた時はホッとして腰が抜け  そうになったよ……」   倫太朗はこうして再び愛おしい鬼束に   抱き締められている事が嬉しすぎて、   言葉も継げない。 「とりあえず、お前の気がかりからなくして  おこうか?」 「??……」 「……教授のお嬢様との縁談ははっきり断った」   ”えっ!!”と、倫太朗は鬼束から身を離して   その顔を凝視した。 「そんな事したら……」   藤代主任教授の派閥は附属病院内では最大の物で。   もちろん病院内外への影響力も大きく。   過去、教授のご機嫌を損ねとんでもない僻地へ   飛ばされたという、医局員の実しやかな噂を   倫太朗も何度か聞いた事があった。 「なぁに、どうせ1度は無医村地区への赴任も  覚悟したんだ。今さら、どう転んだって大した  変わりはねぇさ……だけどよ、りんたろ?」 「……なに?」 「もしもの時、お前はついてきてくれるか?」 「……地の果てまでも追い詰めて、逃がす気ぃなんぞ  更々ねぇーけど、なぁんて言うてたんは、ハッタリ  やったの?」 「りん……」 「……大好き、柊二」   告白の、返事の代わりは熱い、熱い口付けで。   2人は、離れていた数日間の隙間を埋めるように、   激しく互いを求め合った。

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