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第36話

  倫太朗のいないこの部屋は何となく殺風景で   虚しい……。   ここんとこの禁欲生活で欲求不満も限界点   だった事に加え、   昨日は仕事であり得ないくらいトラブル続きで   イライラがマックスだった。   つまりオレは、倫太朗に八つ当たりをした。   やっちまった! と、気付いた時には   手遅れだった。   倫太朗はその夜、ゲストルームから一歩も   出て来なかった。   翌朝も、どう話していいか分かんねぇオレは、   倫太朗の真っ赤に泣き腫らした目を見たら、   余計何も言えなくなった。   さっき倫太朗からメールで、友達の家へ泊まると   連絡が来て。   オレの機嫌は、はっきり言ってどん底にある。      ―――― コン コン 「―― 兄(あに)さん、各務の姐さんがお越しっす」 「用はないと言って追い返せ」   ところが、良守を押しのけるように房子さんは   入って来た。 「ヤッホー、聞いたよ柊ちゃん。機嫌が悪いからって  若衆に八つ当たりは可哀想じゃん」 「……出てけ」 「あーぁ、こりゃかなりの重症だわね……で、今度は  倫ちゃんに何したのよ?」 「……」 「コラッ! 柊二。母親の私にダンマリなんか  通用しないよ。男ならしゃっきりはっきりなさい!   あんたは遊びの達人かも知れないけど、恋人の扱いと  恋愛はまだまだ若葉マークね」   オレは全てを房子さんに話した。 「―― ばっかねぇ、関係ないなんてよく言えた  もんだわ。同じ事倫ちゃんに言われたら超キレる  くせに……ってか、ひとつ確認だけど、あんた、  風俗では飲んでただけで本当にヤッてはいないの  よね?」 「ヤッてねぇ! 付き合いで仕方なく行ってたんだ」 「ね、柊ちゃん。倫ちゃんがキャバクラで豪遊してたら  どうする?」 「そのキャバクラぶっ潰す」 「あっそ。じゃ、分かったでしょ? あんたが今  やるべき事はここで不貞腐れてる事じゃない。  さっさと倫ちゃん連れて帰って来なさい。  分かった?」 「……」 「じゃ、私は帰るよ。ダ~リンと銀ぶらデートなの~」 「……房子さん、ありがと。この借りは必ず返す」 「ティファニーの新作ネックレスで手を打つわ」 「分かった」 「じゃ、がんばってね~」     ◎   ―――― ピンポ~ン   1階、玄関エントランスホールへ来客を知らせる   インターホンのチャイムが鳴った。 「あ、ダ~リンかもね」 「え?」 「はいは~い、どなたですかー?……はい、どうぞ」 「……和泉ちゃん?」 「フフフ……良かったね、お迎えだよ」 「えっ、柊二?」 「うん」   ―――― ピンポ~ン   今度のは玄関のドアチャイム。 「ホラ来た ―― は~い」   そう言って京介は玄関へ出て行った。   戻って来た時は、柊二も一緒だった。 「……」 「……倫、帰るぞ」 「……嫌」 「風俗が気に入らねぇならもう2度と行かない。  その……昨日は怒鳴ったりして悪かった。  仕事でイラついて八つ当たりした。名刺なんか  全部焼き捨てろ。オレにゃ必要ないからな……倫?  うちへ帰ろう」   俺は京介がいる事も気にせず、   柊二へ抱きついた。 「しゅじ、ごめ、なさい……う、疑ってた訳じゃ  ないんだ。でも、でも……嫌で……」 「分かってるよ。だから、もう泣くな」   そう言って、柊二は俺をギュって、   抱きしめてくれた。 「あーぁ、つまんなぁい。合コンはキャンセルかぁ」 「あ、和泉ちゃん……ごめんね」 「フフフ……いいよ。それよか、仲直り出来て  よかったね。さぁ、おうちへ帰って思いっきり  ダ~リンに愛してもらいなさい」 「和泉ちゃん……」 「また、遊びにおいでね」 「うん。ありがと」 ***  ***  ***   マンションに帰ると柊二は宣言通り、   俺に名刺を全部焼き捨てさせた。   お風呂から出て俺は柊二より先にベッドへ入って   うとうとしていたら、背中を柊二の体温が   包み込んだ。 「起きてるか?」 「……う、うん、何とか……」 「房子さんによると、オレは若葉マークらしい」 「??」 「恋愛のど素人、だとよ……自分でもそう思う。だから  きっとこれからもお前を傷つけたりするだろう……  でも、オレの前から黙って消えるな。お前の居場所は  ずっとココだ」 「……俺だって同じだよ。だけど、もし、柊二を  傷つけてしまっても1人ぼっちにはしないで」 「あぁ、しない。約束する……今夜はこのまま寝よ」 「ん? でも、柊二? その……」 「??」   やっとの思いで吐き出した言葉は、   露骨に直情的で……。 「だから、その……ヤラなくて大丈夫?」 「プッ ―― ハハハ……倫が誘ってくれたのは、  嬉しいが、今夜はヤラない。それに、お互いの想いを  理解し合う手段はセックスだけじゃないだろ?」 「ん、そうだね……柊二? だーいすき」 「 I Know (知ってる)」   それから柊二と俺は、互いの体温を身近に感じ、   何時にない安心感と充実感に包まれて   深い眠りに落ちていった。

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