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第31話

  *月*日(水) 曇天   研修医時代とは部署も変わって、   往診での育児指導とか、保健所での出張   乳幼児健診とかで外回りの仕事が多くなったので   勤務中も四六時中先輩女子達の冷たい視線に   晒されたり、   八つ当たり地味た雑用を押し付けられるって事は   なくなったけど。      ランチタイム、同期女子の中で比較的仲の良い   麻紀とノンに言われた      『倫ってば、意外と隅に置けないわね~』   『そうそう、昨日駅前の商店街で鬼束医長と仲良く    お買い物してたでしょ~う』       た、確かにしてた。   (5月まで医長(医局長)を務めていた**先生が   女子高生との淫行疑惑で左遷され、柊二がその   後任に就いた)     センセ……柊二がたまには俺の作った料理が   食べたいって言うから、リクエストにお応えして、   2人で買い物を済ませ、   そのまま彼のマンションで作って食べた。      けど、その買い物現場を、まさかこの2人に   見られていたなんて……! 迂闊だった。      これからは、もっと気を付けなきゃ。       そして、この日の3時の小休憩タイム。      出先から戻った鬼束先生がたまたま通りかかって、   部署内でサポート役のサブメンバーさん達と   お茶してた俺に声をかけてきた。      ま、そんな事は別に珍しい事じゃないんだけど、   その時のセンセはかなり気が緩んでいたんだと思う。      だって ――      「あ、りんたろ」って、俺の事、プライベートの時   みたいに呼んだんだ。      一緒にお茶してたメンバーはもちろん、   近くにいた大石さんやめぐさんまで ”あれっ?”   って表情で、センセと俺を交互に見てた。      センセも一瞬の後、気が付いたらしく、       「ん、んンっ」   わざとらしく咳払いして       「KM製薬への見積もり、今日中に清書しといてくれ」 「は、はい、分かりました」   センセは足早に自分の執務室へ入って行った。         その日のカンファレンスルームは、   これからアフター5に出かける若い娘達の   噂話しで華が咲いたよう、賑やかだった。       『なぁなぁ知っとる? 鬼束医局長、遂に三宝銀行の  佐久間会長のお孫さんとの縁談はっきり断った  らしいよ』              『え~っ、意外ぃ。てっきり俺はあのお嬢様と交際  するんやないかって、思ってたけど』   『私だってそうよ~』 『断った理由、聞きたくなぁい?』 『聞きたい 聞きたい』   話しの主導権を握っている女子看護師が   他のメンバーを指で招いた。      ヒソヒソ …… 集中しても聞き取れないくらいの   小さな声。      やがて、聞いていたメンバーらが ――       『『『  ええ~~--っっ!! 』』』 『真剣に交際してる人がいるですってぇ??』 『何処のどいつよ、その女! 私達の鬼束医局長を  独り占めするなんて許せないっ!』       もうっ、柊二ってば、こうなる事予想出来たから、   あれほど注意してって言うたのに……。       「ねーぇ、りーん。帰りお茶して行かへん?」 「もちろん、時間あるよねぇ~?」   そう言ってきたのは、ノンと麻紀ちゃん。      この2人には、もうバレてますね……。      ***  ***  *** 「一体、どういう事なんだかちゃんと説明して  貰おうやないのっ!」   麻紀が手厳しく言い放った。   ノンと麻紀が座った向かい側に、柊二と俺が   シュンと小さくなって座っている、という構図――       「私らは今の今まで、あんたを一番の親友やと  思ってたんよ。その私らにひっと言もなしなんて、  どういう事よ?! 私らがそんなに信用出来ん?   そうなん? そうなんね。分かった。  たった今から、私らと倫太朗は友達でも同僚でもない  赤の他人ですからっ」   「まぁまぁ、麻紀ちゃん、ちょっと聞いてくれよ」   急遽、電話で呼びつけられた、柊二も俺の隣で   聞いていたので、   麻紀ちゃんの怒りように焦ったよう。       「これには理由(わけ)が……」 「医局長は黙っとって下さいっ」   ビシっと言われ、流石の柊二も黙り込んで   しまった。       「……で、付き合い始めたんはいつ頃なん?」 「あ、えっとそれは、……去年の、5月くらい、  だったかな」   「「 そんなにっ??」」と、   ノンと麻紀ちゃんが口を揃えて驚いた。       「ようも、そない長い間私らに黙っとったわね……」   長い ―― って、まだやっと1年ちょいしか   経ってないけど……。    「ごめん……2人にはなるべく早う言うとかなあかん、  思ってたけど、いいタイミングがなかなかなくてね」   「私らの他に知っとる人は?」 「誰も」 「ホントに?」 「うん。あ、でも、一応しゅう ―― 鬼束先生の  実家へは挨拶済み」 「ホント、水臭いんだから ――っ」 「ごめ~ん」 「けど、これで一緒に合コン行ける楽しみ  なくなっちゃったなぁ」   ノンが寂しそうに呟いた。           「ノン……」 「鬼束先生、私達は口止め料として、ここの特製大盛り  チョコレートパフェを要求致します」   「おぉ、何ならスウィーツメニュー全部注文したって  いいぞ」   そんな、柊二の砕けた口調で場は一気に和んだ。       「いや、噂ってホント怖いな。自分じゃ結構上手い  具合に隠し切れてると思ってた」   「あ、でも、本田さん達のグループには気ぃつけた方が  いいですよ? 例のお嬢様の派閥のメンバーです  から」   「あぁ、ありがと。留意しておくよ」    ノンの杞憂は、杞憂だけで終わらなかった。   

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