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第34話
秋の気配も深まり出した、10月のとある日 ――
朝8時、柊二のレクサス (LS500h)に
乗って、実家へと向かう。
お土産に”嵯峨野路”の和菓子セットを買った。
家族全員甘いものに目がないのだ。
今朝も晴れて絶好のドライブ日和!
と、言いたいところだが……。
自分の家族に会うだけなのに、
俺はものすごく緊張していた。
なのに柊二はいつも通りだ。
話す事なんて何も考えてない、と言っていたのに、
なんでこんなに余裕でいられるんだろう?
ひょっとして、なんとかなるだろう、なんて、
軽く考えてるんじゃないだろうか?
匡煌兄さんが清華さんとの再婚を強行して以来、
親父は以前にも増して我が家の次世代を継ぐ者=
俺の結婚に煩くなった。
そんな俺が子孫を残せぬ交際をしてる、ましてや、
その交際を公認させようとしてる、なんて知ったら
……あぁ、考えるだけで胃が痛くなってきた。
俺は隣で運転中の柊二を見る。
柊二のスーツ姿を見るのは久しぶりだ。
サングラスをかけむっつりしていると、
やっぱりヤクザにしか見えないけれど、
それは仕方がない。
俺もさすがに着古しのチノパンという訳には
いかなくて、一応スーツを着てきた。
「……緊張してる?」
無言の俺に、柊二は優しく聞いてくる。
「ん、まぁ……」
俺は頷いた。
「柊二は?」
「もちろんオレもさ」
ちっともそうには見えないんですけど。
「本当はこのまま行き先を変更して、倫とどこかに
逃げ出したいくらいだ」
「えっ」
「ご両親にとってはもちろん、お姉さんにとっても、
きみは大事な息子であり弟だ。それを横から
攫っていくんだからな、何を言われるかと考えたら
足がすくむ」
柊二は前を向いたまま言った。
「でも、どんな誹りを受けても、りんたろを諦める
訳にはいかない」
ありのままの自分を見てもらう他はない、
と言って柊二は微笑んだ。
全然軽くなんて考えてない。
全ては柊二が考えあぐねて出した答えだったんだ。
俺は柊二を信じる。
……きっと親父もわかってくれる……。
*** *** ***
今年の年始ここに立ち寄った時は、
まさかこんな理由で再来する事になるとは
思ってもいなかった。
さてと、行くか……
倫太朗の背中に掌を当て、行くぞ ―― と促す。
『―― いらっしゃい、待ってたわ。中へどうぞ。
ごめんなさいね、**は出て行ってしまったの』
玄関に出てきたのは意外にも母・英恵だった。
う”う……こりゃヤバい。
匡煌兄さんと清華さんの事を知って卒倒した
くらいだから、そんな母さんが男同士の恋愛なんて
理解出来るハズがない……。
「え ―― っ、出て行ったって……会いもしないで、
話しもしないうちなんて……」
おそらく父は知り合い伝てに柊二と自分の
噂を耳にしたんだ。
「こんな所で立ち話も何だわ、とにかくお上がん
なさい」
通されたリビングには、
甘く香ばしい香りが漂っていた。
英恵の言葉に、香りの正体が倫太朗の為に
作っているらしいモノだと判る。
恐らくあの電話を切った後、急いで用意したの
だろう。
(良かったな、りんたろ……少なくとも1人は
味方がいるようだ)
2人並んでソファーに座ると、
英恵がキッチンから戻ってきた。
「さぁ、何の相談なのかしら?」
冷えるまで時間がかかるから、
話しを先にと言うのだ。
「相談、というか……お願いの方が近いかも
しれませんね」
「まぁ、何かしら? 改まって。たまには鬼束くんの
お願いを訊いてあげるってのも楽しいかしら」
(相変わらずだな、この人は……)
「単刀直入に申し上げます。お宅のご子息・倫太朗を
私の戸籍に入籍させて下さい」
「っ、柊二っ、いくら何でもストレートすぎなんじゃ」
「お前は、黙ってろ……」
「…………っ」
突然頭を下げ請うた柊二に、
隣の倫太朗が何を血迷ったのかと詰め寄る。
それを制して、言葉を続けた。
畳みかけるつもりはないが、
返事を返さない英恵に頭を下げ再度請う。
そのままの体勢で待つこと僅か数分。
「柊二さん……あなたが本当に望むのは、戸籍の移動
だけではないでしょう」
(やはりな……この人には適わない)
正直言って、倫太朗も驚いていた。
母がこんなに、真摯に向き合ってくれるとは
思ってもみなかったのだ。
とにかく今日はこの母を説得しなければ、
何も始まらない。
「ご推察の通り戸籍の移動はあくまで形式上として
です。オレが欲しいのは倫太朗です。私は倫太朗を
心から愛しています。生涯添い遂げる覚悟もあります
……お許しが戴けるなら、伴侶として生涯を共にと
願っています。この通りです……倫太朗を私に
ください」
(……まさか、この人に向かって
この台詞を言う日が来るとはな)
室内に張りつめる緊張した空気が、
事の重大さを物語る。
柊二がそれを告げてからどれ位経ったのだろうか。
……英恵がゆっくり口を開いた。
.
「きっとあなたの事だから地盤固めはもう完璧に
して来たのでしょうね」
「はい。後は、倫太朗の気持ちの最終確認とこちらの
ご家族の公認を得るだけです」
え……っ、俺の気持ち、って……
「この子次第なのね?」
「えぇ……こいつ次第です」
(そう、倫太朗の覚悟次第なのだ、
オレだけ覚悟を決めていてもパートナーの
倫太朗が揺れ動いていたんでは、
元も子もない……)
「ほら倫太朗? 泣いてないで、ちゃんと聴け……」
隣で黙って座っていた倫太朗だが、
途中からは、俯き肩を震わせて、
声も出さずに泣いていたのに
柊二は勿論、英恵も気付いていた。
「その様子だと、柊二さんの真意をここで初めて
知ったようね?」
「ん……」
「柊二さんのご覚悟はよーく判ったわ。 倫太朗、
あなたはどうしたいの?」
(”俺達の事はっきりさせに ――”と
言われた時、柊二が父さんと母さんに
カミングアウトする気なんだって事は
薄々判ってたけど、まさかそれに加えて
プロポーズまがいの事までいわれるとは
思ってもいなかったので、俺は戸惑い、
面食らっていた。だけど ――
柊二の真っ直ぐな気持ちがすっごく嬉しくて、
新たな涙が堰を切ったよう溢れてきた……)
ポロポロ溢れる涙をシャツの袖でグイグイと拭って
途切れ途切れの言葉で答える倫太朗、
「お、俺、も、柊二が好き。ずっと一緒にいたい」
「けど、簡単な事じゃないのは判るわね?
世間一般であなた達の関係は上司と部下なの。
もし、実際の事が公になれば、面白おかしく
騒ぎ立ててくる人だっていると思う。そうなっても、
今と同じ気持で柊二さんを信じていられる?」
「……もちろん」
「―― ん、倫太朗の気持ちも、良く判ったわ。さぁ、
これからが大変ね。まず、手始めに ――」
と、言って、この部屋の戸口に立つ英恵、
「「 ?? 」」
「八木さーん ―― 八木さんはいるかしらぁー」
『はーい、だたいま』と声がして、
八木が小走りにやって来た。
「*丁目の斎藤さん ―― それに山田さんにも連絡
してなるべく早くうちへ来て貰ってちょうだい。
それと、厨房の人達にも今夜はパーティーだと
言っておいてね」
「はぁ、パーティーで、御座いますか」
「えぇそうよ。ようやくうちの末っ子にも嫁ぎ先が
決まったの」
って、母さん!! それ、気が早すぎ。
「まぁ、そうで御座いましたか。それはおめでとう
ございます。大奥様」
柊二が耳元でそっと呟いた
『英恵さんも相変わらず、だな……』
*** ***
人生の羅針盤が行く道を指す。
その瞬間を見た気がする。
色んなアクシデントを乗り越え、
その度俺達なりに絆を深め合って、今日、
この日を迎えた ――。
もちろん今日は、いちスタートラインでしかない。
柊二と2人、つかず離れず、お互いを尊重し合って
ずっと同じ道を歩み人生を重ねてゆけたら、
と思っている。
母が起案したパーティーには、突然の呼び出しにも
関わらず結構たくさんの人が来てくれた ――
まず、一ノ瀬さん・千早姉さん夫妻+翔太。
匡煌兄さん・清華さん夫妻
(何と! 彼女は妊娠3ヶ月だそう)
利沙・笙野先生カップル。
姫川家から清華さんのお姉さんの穂の華さんと
皇華(きみか)さん。
それにあつしと柾也。
パーティーは酒豪・柊二が酔い潰されるまで続き、
うちに泊まったゲスト達は揃いも揃って翌日は
酷い二日酔いに悩まされたそうな……。
今日の夜便でまた海外出張が入っている柊二は
うちから成田へ直行する。
お土産に母は手作りのブラウニーを持たせてくれて
玄関先まで見送る母に言われた。
「また何時でもいらっしゃい。お父さんには私から
よーく説明しておくわ……柊二さん?」
「はい」
「不束な息子ですけど、宜しくお願いします」
「―― はい」
(ホントに嫁入りするみたいだ)
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