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第38話

  俺にしてみれば、何時になく内容の濃い   数ヶ月が怒涛のように駆け抜け ――   その最後を締めくくったのが、   あつしと利沙の声掛けで招集した同僚達による   居酒屋でのお祝い会だ。   本日の主賓・柊二と俺は並んで真ん中の席に   座らされて、照れ臭いやら恥ずかしいやら、   とにかく早く終わってくれという事だけをひたすら   考えていた。   乾杯後の歓談中、幹事の安倍さんが立ち上がった。 「お祝い会に先立って、同期のみんなから質問を  集めましたので、この場で披露させて頂きます。  鬼束先生に桐沢先生、どちらでも結構ですので、  正直に答えて下さいね!」   総勢30名位の連中が口々に野次を飛ばしたり   指笛をならしたりして冷やかした。 「ではまず、プロポーズの言葉はどちらが、  なんと言ったのでしょうか?」   俺と柊二は顔を見合わせた。   「全部柊二に任せるから」と俺は小声で言った。   柊二は笑って「苦情は受付ねぇぞ」と言って   その場に立ち上がった。   みんなの拍手の中、   柊二はくそ真面目な顔で答える。 「仮にお前が逃げたとしても、オレは地の果てまでも  追い詰めて逃がす気ぃなんぞ更々ねぇー、って  言いました」   しゅ、柊二ってばそんな事、ばか正直に   答えなくても……。   俺は真っ赤な顔で俯いた。 「わぉ、鬼束先生って見かけ通りすっごく情熱的な  人だったんですねぇ」 「では次の質問です。初デートは、いつ、どこへ  行かれましたか?」   んな事どーだっていいじゃん。 「ええと、仕事帰りに相良さんの関東煮を食いに  誘いました」   え ――っ、アレって、デートだったん? 「おぉー! 相良さんの関東煮は絶品だもんなぁ」   「お互いに好きだという事が分かったきっかけは  何かあったのでしょうか?」 「うーん、特にはないと思うなぁ……、気付いたら  倫太朗は自分にとってなくてはならない、空気  みたいな存在になってた、というか……倫、お前は  どう?」 「そ、それは……」   俺も全く同感だ。      熱を帯びた視線で柊二をじっと見つめる俺に   皆んなからの冷やかしヤジが飛ぶ。 「こらこら、2人の世界に浸るのはまだまだ先よ~ん」   周りはすごい盛り上がりだ。 「な、なんか今の雰囲気で2人のアツアツぶりがほんの  少し垣間見えたような気がしますぅ」   あ、安倍さん。   あなたもそんなこと言わなくていいから! 「それじゃあ、最後の質問で~す! これはぜひ  ご両人に答えて頂きたいと思います! 相手の方の  どんな処に惹かれましたかー?」 「常に向上心があり、気持ちも真っ直ぐで素直なところ  それから……たくさんありすぎてひと言じゃ  なくなっちゃうね」   柊二はにっこり笑った。 「桐沢先生は?」   みんなの視線が俺に集まる。   う”っ、だから俺はこういうの嫌いなんだよ……。   赤くなって俯いたまま、俺は答えた。 「……ん……ぶ……」 「聞こえませ~ん!」   遠い席の連中がはやしたてる。   俺はやけくそで叫んだ。 「全部大好きです!!」   一瞬の沈黙のあと、   爆笑と拍手と野次が乱れ飛んだ。 ***  ***  ***   二次会でやって来たのは、病院からもほど近い   場所にあるスナックだ。   お店に若い女の子はいるが、同席せずカウンター   越しのみで静かに会話を楽しむタイプのお店。   柊二がボトルを入れて、みんなで何度目かの   乾杯をした。   けどね ――   誰かが店の女の子とカラオケでデュエットして   場も盛り上がり。   柊二はー?と 見ると、カウンター越しに群がって   いる女の子達と楽しそうに何か話している。   ふぅん …… 可愛くてきれいな女性相手だと   柊二でもああゆう顔するんだ……。   なんだかやけに嬉しそうだし、前に朔也さんが   言ってた鼻の下伸ばして、ってのは   こういう顔なのかも……と俺は思い、   ちょっと鬱々とした気分になった。   ……何気に……癪に障る。   俺はがんがん飛ばしてストレートを思いっきり   あおった。   なくなりそうになると女の子が作ってくれるので、   何杯目かもわからないところで俺の記憶は   ぷっつり切れた。    ***  ***  ***   ―― 声がする。野太い男の声だ。   そいつが喋っているのは英語だという事は   理解したが、如何せんへべれけになるまで   酔ったせいで、上手く返答出来ない。   頭の中で声が反響してやたらうるさい。   そのせいか頭が痛くなってきた。 「You're Pretty Boy!」   そいつは俺から見ればそびえ立つくらいの大男。   肌の色は浅黒く、髪の毛はスポーツ刈り。 「Let's play with me?」   (あー? 俺と遊ばないか、だって……    馬鹿言ってんじゃねぇーよ)   とりあえずすっとぼけてみる。 「わたしはー英語わっかりましぇーん」   話してるうち、とてつもなく眠くなってきた。    大男が笑いながら俺の腕を掴む。   どこかに行こうと言ってるみたいだ。 「あー? れっつごーって ―― 何処行くんだよ。  もう俺はうちへ帰りたい!!」   俺は言葉とは裏腹に、大男に引きずられるよう   ふらふらと歩いた。 「Hey you!(おい、そこのお前)」   ここで我らが、もとい ―― 俺だけのHERO、   鬼束柊二登場。 「Remove your hand from him」 「あー、しゅうじだぁ……そんなに何を慌ててるん  ですかぁ?」 「He is my fiancé.」 「Oh!  I'm Very sorry    did not understand」   柊二との短いやり取りのあと、   大男は俺の腕を離して人混みの中に去って   行ってしまった。   柊二は俺の方に向き直る。 「ったく、ちょっと目を離すとすぐコレだ。  少しは警戒心を持て、倫太朗」 「へへへ~ ―― 僕ちゃんはー全然平気ですよ」 「何処が大丈夫なんだよ……」   柊二はやれやれというように苦笑した。 「さ、家に帰るか」 「うん、僕ちゃんもうおネムです」   柊二と腕を組んで俺はご機嫌だった。   柊二は片手を挙げてタクシーをつかまえた。   タクシーの中で俺は柊二の肩にもたれて   寝てしまった。 「ほら、りんたろ、家に着いたぞ」   柊二に起こされて俺は寝ぼけたまま車から降り、   柊二に掴まりながらやっとのことで家の中に   入った。   俺をベッドに寝かせて、   スーツを脱がしながら柊二が聞く。 「な、覚えてるのはどの辺までなんだ?」 「どの辺りって……二次会に行って女の子に飲み物を  作ってもらって何杯目か……」 「その後三次会に行こうってみんなで店を出て、  オレが会計をしている間に、お前の姿が見えないって  大騒ぎになったんだぞ」 「ふ~ん、そうだったんですか」 「日を改めて**のママにはお詫びしておけよな」 「……柊二も悪いんだよ……」 「え ――っ?」 「せやかて、俺はあの店からはなるべく早く  抜けたかったのに、柊二ってば俺の事なんて  忘れたみたいに、可愛い女の子たちと楽しそうに  喋ってるし……」 「あ ―― お前……」 「俺……すっごく、寂しかった……」   とことん酔っ払うと倫太朗は超甘えん坊の   かまってちゃんになる。 「そっか……ごめんな。気付いてやれんで」 「しゅうじぃ……チュー、してぇ?」 「!! お、お前それ……(めっちゃ可愛い)」   柊二は俺を抱き締め、唇にキスしてくれた。 「ハイ今日はここまで」   俺を離して、布団をかけ直す。 「え~!?」   抗議の声を上げる俺に、   柊二はにっこり微笑んだ。 「オレの可愛いハニーが今あった事をちゃんと  覚えてたら、明日続きをしてあげよう」 「僕ちゃんもう酔ってないから覚えてるもん!」   (そうゆう口調が酔っ払いそのものだっつーの) 「おぉ、オレもそう期待してる……ゆっくりお休み」 「……は~い、おやすみなさい」   柊二は電気を消した。   俺はすぐ眠りに落ちていく。   心も体もふわふわしてすごく気持ちいい……。   翌朝、俺が起きると柊二は既に起きていて   リビングで新聞を読んでいた。 「おはよう」   にっこり笑って顔を上げる。   俺もおはようと言って、柊二の隣に座る。 「あのさ……結局昨夜は何時頃帰ってきたの?」 「ん~、1時すぎくらいだったかな」 「で ―― 俺、何か変なこと言ったり、したり、  してなかった?」 「いいや、別にぃ」   柊二は新聞で顔を隠すようにしながら   笑いをこらえているのか、肩が震えていた。   う”う……俺、また、やっちゃったのかな。   当分の間は禁酒した方がいいかも。  

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