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第124話

「希…どうして…どうしてこんなことに」 力なくがっくりと項垂(うなだ)れたその男は、両手で顔を覆い声を上げて泣き出した。 まさか不法侵入のストーカーじゃないよな? 俺と恋人?結婚? 全く身に覚えがない。 でも、コイツの言っていることは嘘ではなさそうな気がする。 抱きしめられた時の感触と体臭は、なぜか愛おしく懐かしく感じられた。 俺は何か不思議な動物を見ているような気持ちで、しばらくそいつが泣いているのを見つめていたが、そっとベッドから降りるとリビングへ向かった。 テーブルには、区役所と某有名百貨店の封筒といくつかのカタログが置いてあった。 区役所の袋には…婚姻届。 俺の字で既にサインがしてあった。 カタログは…全てブランドの結婚指輪。 そのうちの一つに付箋が付いていた。 本当だった。 『影山斗真』の言うことは間違いない。 でも、なぜ俺はそのことを全部覚えてないんだ? 恋人なら、それも結婚するつもりの大切な人なら絶対忘れる訳ないじゃないか。 ツキンと胸が痛んだ。 この痛みは何?俺達に何があったんだ? カチャリと音がする方を見ると、彼が目を真っ赤にして立っていた。 「お前の言うことはどうやら本当らしいな。 でも、俺はお前のことを全く覚えていないんだ。 大切な恋人なら忘れる訳ないだろう? 俺達に何があったんだ? …教えてくれないか?」 頷いてこちらに来る奴の足取りは重い。 目を擦ると、ソファーに腰掛けた。 「俺の…俺のせいだ。 俺達は幼馴染で、十年前俺はお前を無理矢理自分のものにした。 お前の親の転勤で別れたけど、お前は出世コースを蹴ってまで日本に来てくれて…お互い両片思いだったことがわかって結ばれて… 俺の家族に挨拶にも行ってくれて、お前の家族にも了承を得て、すぐにでも籍を入れる予定だったんだ。 お前はちゃんと俺を愛して受け入れてくれて、一緒に歩んで行こうと何度も何度も言ってくれたのに。 俺が… お前の出世や将来を考えた時に、側にいるのが本当に俺でいいのか、一瞬迷ってしまったんだ。 それで、身を引こうと考えてるって言ってしまって…」

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