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第126話
飛び込みで行ったにもかかわらず、丁寧に俺の話を聞き診察してくれた人の良さそうな年配の医者は
「MRI画像の結果は後日お伝えしますが、脳波もその他も異常はありませんよ。
恐らく極度のストレスによる、一過性の記憶障害でしょう。
あなたにとって、余程辛くてどうにもできない出来事だったんでしょうね。
そのことを元々なかったものだと思えば楽になるのですから、防衛手段としてそうなったんですね。
いつ思い出すとか、どのタイミングでとかは、はっきり言えません。
焦らず気長に待つしかないです。」
お気の毒ですが…お大事に…と言われ、会計を済ませて病院を後にした。
やっぱり。
そんなに愛してた相手を忘れるなんて。
防衛手段って…アイツに別れを仄めかされたのが、記憶をなくすほどにショックだったのか。
それにしても
俺、案外冷静だな。アイツ以外のことを全て覚えてるからなのか。
俺は忘れてるからいいけど、アイツにしたら堪んないことだよな、きっと。
ふと痛みに気付いて両方の手の平を見ると、1センチくらいの線が四つずつあり、血が滲んでいた。
何だこれ?どこで怪我したんだろう。
何気に握ると、丁度爪が当たる部分だった。
握り締めすぎて付いた跡か…こんなに握り締めて傷が付くなんて。
真新しいその傷はひょっとして、別れ話を聞いていた時にできたもの?
ぼんやり考えながら戻ったマンションのインターホンの前に人影が…
あ、影山斗真?
俺に気が付くと駆け寄ってきた。
「外出して大丈夫なのか?飯作ってやろうと思って…入ってもいいか?」
満パンのスーパーの袋を二つぶら下げたソイツが、躊躇しながら尋ねてきた。
そういえば、冷蔵庫空っぽになって今日買い物に行くつもりだったんだよな。
『お祝いにステーキでも食いたいよなぁ』
え…誰かと約束してたような…お祝いって結婚の?
思い出そうとすると頭がキリッと痛くなる。
「あー…買い物に行くつもりだったし…
いろいろ聞きたいこともあるから…まぁ…どうぞ。」
ロックを解除して、嬉しそうな影山とエレベーターに乗り込んだ。
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