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第131話

「いい具合に焼けたぞー!」 何とも間の抜けた斗真の声が、俺の集中力を遮断した。 もう少しで思い出せそうだったのに。 チッ と舌打ちをして斗真を睨みつけた。 「本当はワインでも…と思ってたんだが、アルコールはちょっと控えとくよ。 さぁ、どうぞ。召し上がれ。」 一言文句を言ってやろうと意気込んでいた俺は、目の前の美味そうな晩メシに、怒気を全て持ち去られた。 「…いただきます…」 正面に座った斗真が、ニコニコとうれしそうに俺を見ている。 「…美味しい…」 「当たり前だ!愛を込めて作ったからな!」 ふんっとドヤ顔で胸を反らす斗真が何だかかわいくて、つい笑ってしまった。 「…希…やっと笑った…」 そう呟くと、斗真の目からポロリと涙が零れ落ちた。 えっ… 斗真はそっと席を立つと、シンクの方へ行ってしまった。 時折小さな嗚咽が聞こえてくる。 そうか… 俺だけじゃない。一番不安なのはアイツなんだ。 口では粋がって『いつまでも待つ』なんて言ってたけど、ついさっきまで愛し合ってた相手から『特別な感情はない』とか『報われない』とか言われたら、普通はベコベコに凹むよな。 もっと斗真を知りたい。近付きたい。 そして…愛し合いたい… ん?愛し合いたい?なんだそれ。 「おい、斗真!せっかくの料理が冷めちまうぞ!」 「…わかった。今行く。」 俺は斗真の目の赤さには触れず、美味いメシを堪能した。 この影山斗真という男は、俺にとって特別なんだということが、お互いの醸し出す空気感で本能的に感じる。 言葉を交わさなくても、俺の記憶がなくても…身体が、心が覚えてるみたいだった。 俺はコイツにどんな言葉を掛け、どういう風に接していたんだろう。 それに対して、コイツは俺にどう応えていたんだろう。 斗真からは俺を慈しむようなオーラがダダ漏れで、小っ恥ずかしくなった俺はさっさと食器を片付けにキッチンへと逃げた。

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