136 / 1000

第136話

翌日、当初の予定通り斗真の荷物が運び込まれた。 粗方必要なものは俺の部屋に揃っていたので、 「引っ越しが決まった時点で、お前と相談して不要なベッドや電化製品は全て処分したんだ。 洋服やら仕事関係の書類やら、本当に身の回りのもの一つで嫁に来るつもりだったから。」 と、斗真は少しだけ哀しげに笑った。 「嫁って…簡単な引っ越しだったな。あっという間に終わっちまったよ。」 「引っ越し蕎麦でも食べるか。 俺作るから、希は座ってなよ。」 「あぁ、じゃあ任せるよ。」 殺風景な部屋が、斗真が来たことで一気に賑やかさを増したような気がする。 結局、昨夜は眠れなかった。 繋いで絡めた指からは、斗真の温もりが伝わり、いろんな想いでごちゃ混ぜになって目が冴えて、息を潜めてただ朝までじっとしていたのだった。 慣れた様子でキッチンに立つ斗真を眺めながら、何度となく見た風景のような気がして、記憶のかけらをかき集めてみるが、それは薄ぼんやりとするばかりで、何も思い出せなかった。 けれども、斗真といるとホッとするというのか、一緒にいるのが当たり前というのか、自然すぎて違和感がなさすぎる自分にも驚いていた。 一人ため息をついてやるせない思いでいると、斗真がうれしそうに蕎麦を運んできた。 「かけ蕎麦だけどな、つゆが美味いんだよ。 俺自慢の…食べてみて。」 「いただきます。………美味い! マジで美味いよ。じゃあ、今度から蕎麦はお前の担当な!」 「んー?まぁ、いいけど。その代わり高いぜ。」 軽口を叩きながら蕎麦をすする。 なぜか気を遣わないこの雰囲気が心地いい。 「流しは俺が片付けるから、斗真は自分の荷物の整理したらいい。」 「そうか?助かるよ。 じゃあ、さっさと片付けてしまうとするか。」 同じ空間にいて、お互いの存在を感じながら別々のことをしている。 斗真のことを考えると、胸の奥がきゅう っとなって切なくて堪らなくなる。 これは『俺』の感情なのか、それとも『前の俺』の記憶の残りなのか… いずれにせよ、俺が斗真に恋をしつつあるのは間違いないようだ。 アイツの宣言通りで悔しいけれど。 それにしても、一週間の仕事の溜まり具合はどうなんだろう。 ボスの指示なのか遠慮してくれてるのか、俺にも斗真にも仕事関係の連絡は一切ない。 ただボスからは 『出社したら朝イチに報告に来い』 というメールが一文のみ。 俺達がくっ付いたと思っているであろうボスに、今の状況をどう説明すれば良いのか…それを考えると憂鬱になった。

ともだちにシェアしよう!